医療機関が陥りがちなカスタマーハラスメント対応の落とし穴と改善策
医療機関で増えるカスハラ問題、あなたの職場は大丈夫ですか?
カスタマーハラスメント、通称「カスハラ」という言葉が広く認知されつつあります。これは、顧客や利用者が従業員に対して理不尽な要求や言動を行うハラスメント行為を指します。この問題は、一般のサービス業だけでなく、医療機関においても深刻な影響を及ぼしています。患者やその家族が医療従事者に対し、不当なクレームをつけたり、無理な要求をしたり、暴言を浴びせるケースが年々増加しており、医療現場にとって大きな課題となっています。
※医療機関では、カスハラは「ペイシェントハラスメント(ペイハラ)」と呼ばれることもあります。
医療機関におけるカスハラ対応を複雑化させている要因の一つに、「応召義務」があります。応召義務とは、医師法第19条に基づき、医師が正当な理由なく診療を拒んではならないとする義務です。この義務の存在により、「どのような患者に対しても治療を拒否できない」と解釈する医療従事者や管理者も少なくありません。しかし、実際には応召義務には例外があり、医師や医療機関が従業員の安全や適切な職場環境を守るために患者対応を拒否できる場合があります。この点を正確に理解し、適切な対応を取らなければ、現場の負担が大きくなるばかりか、従業員の離職や医療サービスの質の低下を招きかねません。
特に医療機関では、「患者第一主義」という理念が強く浸透しており、従業員は患者やその家族の要望に応えることが当然と考えられがちです。しかし、この理念が行き過ぎると、従業員が過剰な負担を強いられるだけでなく、不適切な要求に対しても対応しなければならないと誤解されることがあります。応召義務に基づき、医療機関は正当な理由がない限り患者の診療を拒否することはできませんが、暴言や暴力といったハラスメント行為に対しては、従業員を守るために対応を拒否することが正当化される場合があります。
カスハラは、他のハラスメント(パワーハラスメントやセクシュアルハラスメント)と比べても独自の特性を持っており、その対応には迅速さと的確な判断が求められます。例えば、患者からの暴言や無理な要求が発生した場合、現場で即座に対応しないと事態が悪化するリスクが高まります。また、対応を誤れば患者側が感情的になり、クレームがさらに拡大する恐れもあります。そのため、医療機関におけるカスハラ対策は、現場で迅速かつ適切に対応できる体制を整えることが重要です。
医療機関におけるカスハラの厄介な点
医療機関におけるカスハラの厄介な点は、その発生頻度の高さに加え、問題が即座に現場で解決されなければならない点にあります。例えば、受付スタッフが患者からの暴言を受けた場合、その場で対応が必要です。同様に、診察中に医師や看護師が患者やその家族から威圧的な態度を取られれば、診療行為そのものに支障をきたす可能性もあります。このように、カスハラは一刻の猶予も許されない現場対応を求めるため、医療機関の管理職やスタッフがその場しのぎの対応に追われてしまうことが少なくありません。
さらに、カスハラは一人の従業員に影響を与えるだけでなく、職場全体に悪影響を及ぼします。例えば、あるスタッフが患者からの無理な要求に屈してしまった場合、その事例が他のスタッフに伝わり、「この職場では自分たちを守ってくれないのではないか」という不安感が広がることがあります。このような不安が蓄積すると、職場全体の士気が低下し、離職者が増える要因にもなり得ます。
応召義務の存在も、現場の対応を混乱させる原因の一つとなっています。医療機関の多くは、「応召義務がある以上、どのような患者でも診療を拒否できない」と誤解しているケースがあります。しかし、暴力行為や継続的なハラスメントがある場合には、医療従事者や他の患者の安全を守る観点から診療を拒否することが認められる場合があります。このような例外規定を適切に理解し、対応ルールを整備することが、医療機関全体の運営を安定させる鍵となります。
こうした課題に対処するためには、医療機関としてのカスハラ対策を改めて見直し、適切なルールや体制を整備することが必要です。具体的には、就業規則の中でカスハラへの対応方法を明確に定めることや、患者対応を拒否できる条件を明文化することが挙げられます。また、カスハラが発生した際に迅速に対応できる窓口を設け、従業員が相談しやすい環境を整えることも重要です。これに加えて、管理職やスタッフに対してカスハラ対策の研修を実施し、現場全体で統一した対応を取れるようにすることが求められます。
医療機関でのカスハラ問題を放置すれば、従業員の離職が相次ぎ、患者に提供する医療サービスの質が低下するリスクがあります。一方で、適切な対応策を講じることで、従業員が安心して働ける環境を整備でき、医療機関全体の信頼性や運営の安定性を向上させることが可能です。本記事では、医療機関が陥りがちなカスハラ対応の落とし穴を整理し、それを克服するための実践的な方法を具体的に解説します。従業員と患者の双方にとって安心・安全な医療現場を実現するための第一歩として、ぜひ参考にしてみてください。
医療現場でカスハラが増加している原因と、その背景とは?
医療現場におけるカスハラは、近年その深刻さが増しており、医療機関の経営や従業員の働きやすさに大きな影響を及ぼしています。この問題が増加している背景には、社会的な要因、医療機関特有の事情、そして患者と従業員の関係性に起因する特有の問題があります。本節では、医療現場でカスハラが増加している原因と、その影響の詳細を解説します。
社会的要因: 医療機関への期待の高まりとコミュニケーションの変化
まず、カスハラが増加している要因として挙げられるのが、社会全体の医療機関に対する期待が非常に高まっていることです。高齢化の進展や医療技術の進歩により、医療機関が担う役割はますます重要視される一方、患者やその家族が抱える不安やストレスも増大しています。その結果、患者側が理不尽なまでの要求を医療従事者に突きつける場面が増えています。
さらに、インターネットの普及により、患者側が容易に医療に関する情報を得られるようになりました。しかし、これには利点だけでなく問題点もあります。正確ではない情報や断片的な知識を基に、患者が医療従事者の説明に対して疑念を抱いたり、「もっと良い方法があるはずだ」と過剰な要求をしたりするケースが少なくありません。特にSNSを通じたクレーム拡散のリスクもあり、医療従事者が患者とのコミュニケーションに慎重にならざるを得ない状況が生じています。
また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行をきっかけに、医療従事者に対する不当な批判や差別が注目されるようになりました。一部の患者が感染対策や治療方針に不満を持ち、医療従事者に対して理不尽な要求をする事例も報告されています。社会全体の緊張感が高まる中で、医療機関がその矛先を向けられる場面が増えているのです。
医療機関特有の事情: 応召義務と「患者第一主義」
カスハラが医療機関で深刻化する背景には、医療機関が持つ特有の事情もあります。その最たるものが、「応召義務」と「患者第一主義」です。
応召義務は、医師法第19条に基づき、医師が正当な理由なく診療を拒否してはならないとする法的義務です。この義務は医療の公共性を担保するために重要なものですが、現場では誤解されることも多く、あらゆる患者に対して無条件に対応しなければならないと考えられがちです。このため、たとえ患者やその家族が暴言や暴力といったハラスメント行為を行った場合でも、「対応を拒否できない」として従業員が過剰な負担を抱えるケースが見られます。
さらに、医療機関には「患者第一主義」という理念が深く根付いています。患者の健康と安全を最優先に考える姿勢は、医療従事者にとって欠かせないものである一方で、この理念が過度に強調されると、従業員が自身の負担や安全を二の次にしてしまう結果を招きかねません。たとえば、受付スタッフが患者から暴言を浴びても、「患者は病気で気が立っているだけだから」と自らを納得させてしまうことがあります。このような対応が常態化すると、従業員がカスハラ被害を訴える機会が失われ、問題が表面化しにくくなるのです。
患者と従業員の関係性における問題
医療現場における患者と従業員の関係性も、カスハラを助長する一因となっています。患者は、医療機関においては「サービスを受ける立場」にありますが、同時に「命を預ける存在」でもあります。このため、患者は医療従事者に対して極端に高い期待を抱いたり、失望感や不安から攻撃的な態度を取ったりすることがあります。
また、患者と医療従事者の間には情報や専門知識の非対称性が存在します。患者側は医療の専門知識を持たないため、医療従事者の判断に完全には納得できないことも多く、それが不信感や攻撃的な行動につながる場合があります。たとえば、「もっと効果的な治療法を提示するべきだ」「なぜこの診断結果になるのか」といった不満が暴言や威圧的な態度として現れるケースが見られます。
さらに、患者家族がカスハラに加担する場面も問題です。特に高齢者の治療においては、患者本人だけでなく、その家族が意思決定に深く関与することが一般的です。家族が患者の治療やケアに対して強いこだわりを持っている場合、現場の医療従事者に対して過剰な要求をしたり、威圧的な態度を取ったりすることがあります。
カスハラの影響: 医療現場のモチベーション低下と離職リスク
カスハラが医療機関に与える影響は、従業員個人の精神的な負担にとどまりません。カスハラを放置することで、現場全体の士気が低下し、組織運営に悪影響を及ぼす可能性があります。
具体的には、次のような影響が考えられます。
1. 従業員のメンタルヘルスへの悪影響
暴言や無理な要求に長期間さらされることで、従業員が不安感やストレスを抱え、最悪の場合は燃え尽き症候群やうつ病を発症するリスクがあります。
2. 離職率の上昇
適切なカスハラ対策が取られていない場合、従業員が「この職場では自分が守られない」と感じ、離職を選ぶケースが増えます。特に医療機関では慢性的な人手不足が課題となっており、一人の離職が大きな運営リスクを生む可能性があります。
3. 医療サービスの質の低下
職場のモチベーション低下は、患者に提供する医療サービスの質にも影響を与えます。従業員が不安やストレスを抱えた状態では、最善の医療を提供することが難しくなり、患者満足度の低下やクレームの増加を招く恐れがあります。
まとめ: カスハラ問題に直面する医療現場の現状を正しく理解することが
カスハラの問題は、社会的な要因や医療機関特有の事情、患者と従業員の関係性といった複数の要素が絡み合うことで深刻化しています。医療現場では、患者に最善の医療を提供するためにも、まず従業員を守る体制を整備することが不可欠です。
このような問題の背景を理解した上で、次章では、具体的な解決策について詳しく解説します。
医療現場でよく見られるカスハラ事例と対応の失敗例
医療現場におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)は多種多様であり、その事例を見てみると、現場がいかに対応に苦慮しているかが浮き彫りになります。本節では、医療機関で実際に起こり得るカスハラ事例を取り上げ、それぞれにおける失敗事例や対応が不十分だった場合の影響を解説します。そして、こうした事例から学べる教訓についても言及します。
事例1: 患者からの暴言・威圧的な態度
【具体的なケース】
ある総合病院の受付スタッフが、予約外で来院した患者から「すぐに診察しろ!」と怒鳴られるケースがありました。スタッフが「予約優先での診察となります」と丁寧に説明したにもかかわらず、患者は「俺は忙しいんだ!なんで待たされなきゃならないんだ!」と大声で怒鳴り、周囲の患者やスタッフに不安を与える場面が生じました。
【対応の失敗】
このケースでは、受付スタッフが問題を一人で抱え込み、「患者第一」の精神でその場をなんとかしようと努力した結果、状況がさらに悪化しました。スタッフは冷静に対応を続けましたが、患者の怒りが収まることはなく、最終的には上司を呼ぶまで問題が長引きました。他の患者も不安を感じ、受付周辺に混乱が広がりました。現場のスタッフに精神的な負担が大きくのしかかり、後日、そのスタッフが体調を崩してしまう結果となりました。
【教訓】
この事例からわかるのは、カスハラ問題を現場の個人に任せきりにしてしまうことの危険性です。現場で速やかに対応するためには、マニュアル化された対応フローや、即時に管理職へエスカレーションできる体制が必要です。暴言や威圧的な態度を受けた際の具体的な対応方法を従業員全員が共有していれば、個人の負担を軽減することが可能です。
事例2: 家族からの過剰な要求
【具体的なケース】
ある高齢患者の家族が、「もっと丁寧に説明をしろ」「この薬は本当に安全なのか」など、過剰なまでに治療方針に口を出し、現場スタッフを疲弊させるケースがありました。特に、診察後に何度も電話で質問を繰り返し、日々の業務に支障が出るまでの事態に発展しました。
【対応の失敗】
このケースでは、患者の家族の要求に対して病院側が「断ることはできない」と考え、すべての質問や要望に応じてしまいました。結果として、スタッフが長時間拘束され、他の患者への対応が遅れる事態を引き起こしました。また、現場では明確な対応ルールがないため、患者の家族ごとに対応が異なり、かえって混乱が生じる原因にもなりました。
【教訓】
患者の家族からの過剰な要求には、一定の基準を設け、それ以上の対応が必要な場合には管理職や専門スタッフに引き継ぐルールを整備することが重要です。例えば、「説明は1日1回まで」や「電話での質問対応は指定の時間内に限る」といったガイドラインを設けることで、現場スタッフの負担を軽減できます。また、家族対応を専門とする窓口を設けるのも効果的です。
事例3: 医師への不適切な言動
【具体的なケース】
診察中に患者が医師に対して、「お前みたいな若造に診てもらいたくない」や「こんな簡単な診断なら俺でもできる」といった暴言を繰り返すケースがありました。医師は冷静に対応を続けましたが、患者の態度は改善せず、診察時間が長引く結果となりました。
【対応の失敗】
このケースでは、医師が一人で対応し続けた結果、診察時間が大幅に遅れ、他の患者への対応に影響を及ぼしました。また、暴言を受け続けたことで医師が精神的に疲弊し、他の業務に支障が出る事態に発展しました。医師自身も応召義務を重視しすぎるあまり、対応をやめる判断ができませんでした。
【教訓】
応召義務には例外があることを医師や現場スタッフが正確に理解し、暴言や威圧的な態度を受けた場合には診療を中止できるルールを整備する必要があります。また、こうした事態を想定したトレーニングを医師に提供し、適切な対応を身につけることで、現場での負担を軽減できます。
事例4: 患者の暴力行為
【具体的なケース】
精神科の病棟で、患者が興奮状態になり看護師に対して暴力を振るう事例が発生しました。看護師が対応を試みましたが、患者の行為がエスカレートしたため、周囲のスタッフも巻き込まれ混乱が広がりました。
【対応の失敗】
このケースでは、暴力が発生した際の具体的な対応手順が決まっておらず、現場のスタッフがパニック状態に陥りました。結果として、他の患者の治療にも影響が出るほど事態が拡大しました。また、暴力行為を記録する仕組みや再発防止策が取られていなかったため、類似のケースがその後も繰り返されました。
【教訓】
暴力行為が発生した場合には、即座に安全を確保するための対応マニュアルが必要です。例えば、暴力が起きた際には一定の距離を保つ、警備員を呼ぶ、または警察に通報するといった対応が考えられます。また、暴力行為が発生した事例を記録し、再発防止のための対策を講じることも欠かせません。
本章のまとめ: 現場の教訓を活かした適切な体制づくりを
これらの具体例は、カスハラが医療現場でどれだけ多様な形で発生し得るかを示しています。そして、これらの事例に共通するのは、「問題を現場の個人に任せてしまう」ことの危険性です。現場での対応を組織的に支援する体制を整備し、従業員が安心して働ける環境を作ることが重要です。
次章では、こうした事例から得られる教訓をもとに、具体的な解決策について詳しく解説します。
医療機関が実施すべきカスハラ対策の具体策
カスハラへの適切な対策は、医療従事者を守り、患者への医療サービスの質を維持するために欠かせません。しかし、カスハラの対応にはスピードと的確な判断が求められるため、現場での個人対応に頼るだけでは不十分です。本節では、医療機関が講じるべき具体的なカスハラ対策を、就業規則の見直しや即時対応マニュアルの整備、研修の実施、相談窓口の設置といった観点から詳しく解説します。
1. 就業規則の見直し: カスハラ対応の基盤を構築する
医療機関でのカスハラ対応を徹底するためには、まず就業規則に明文化されたルールを整備することが重要です。以下のような内容を盛り込むことで、従業員が安心して働ける基盤を作ることができます。
(1)患者対応を拒否できる条件の明記
応召義務があるとはいえ、患者や家族が暴言や暴力を振るった場合、対応を拒否できる場合があることを規則に明文化します。「従業員の安全確保を最優先とする」という方針を示すことで、現場で迷わず適切な行動を取れるようにします。
(2)カスハラが発生した場合の報告義務と対応フロー
従業員がカスハラ被害を受けた際、すぐに上司や専用窓口に報告し、その後の対応を組織的に進めるフローを規則に盛り込みます。例えば、次のような手順を設定します。
- 被害発生後、被害者が即時に管理職に報告
- 必要に応じて患者対応を管理職に引き継ぐ
- 再発防止のため、被害状況を記録し、対応策を協議する
(3)ハラスメントを許さない姿勢の明確化
医療機関として、従業員へのハラスメント行為を一切許さないという姿勢を就業規則に明記します。例えば、「暴言、威圧的な態度、暴力行為を行う患者や家族に対しては、必要に応じて対応を制限する」という方針を示すことで、従業員を守る姿勢を強調します。
2. 即時対応マニュアルの整備: 現場での迅速な対応を可能にする
カスハラはその場で適切に対応しなければ、事態がエスカレートする恐れがあります。そのため、現場での迅速な対応を支えるためのマニュアル整備が不可欠です。
(1)具体的な対応手順を記載したマニュアルの作成
現場で直面するカスハラ事例ごとに、具体的な対応手順を記載したマニュアルを作成します。例えば、以下のような手順を示すと効果的です。
- 暴言を受けた場合:冷静に相手の話を聞きながら、威圧的な態度には毅然とした対応を取る。危険を感じた場合は、すぐに管理職を呼ぶ
- 暴力が発生した場合:安全を最優先とし、距離を取った上で警備員や警察に連絡する
- 過剰な要求を受けた場合:ルールや規定に従った対応を行い、それ以上の要求には応じない姿勢を示す
(2)管理職へのエスカレーションフローの構築
現場スタッフが自分で問題を解決しようとせず、必要に応じて速やかに管理職に相談できる仕組みを整備します。たとえば、カスハラ対応専任の管理職を設置し、報告から対応までを一貫して行える体制を作ることが有効です。
3. 研修と教育の実施: 従業員と管理職の対応力を向上させる
医療機関の全スタッフがカスハラに適切に対応できるようにするためには、研修や教育プログラムの実施が不可欠です。
(1)従業員向けの研修
現場スタッフを対象に、カスハラへの対応スキルを習得する研修を定期的に実施します。具体的には次のような内容を盛り込むと効果的です。
- カスハラの具体例とその影響についての理解
- 冷静に対応するためのコミュニケーションスキル
- 暴言や暴力を受けた際の適切な対応手順
(2)管理職向けの教育
カスハラ対応を現場のリーダーが適切に指揮できるよう、管理職向けの研修も重要です。特に次のようなスキルを習得させることが求められます。
- 被害者の心理的ケアを行うスキル
- 患者や家族とのトラブル解決能力
- 応召義務に基づいた適切な判断を下す知識
4. 相談窓口の設置とサポート体制の構築
従業員がカスハラ問題を一人で抱え込まないよう、相談窓口を設置し、現場を支援する体制を整えることも重要です。
(1)専用の相談窓口を設ける
従業員が気軽に相談できる窓口を設置し、ハラスメント問題を迅速に共有できる仕組みを作ります。この窓口は、プライバシー保護に配慮した上で、現場スタッフからの報告を受け付け、問題の内容に応じて適切に対応します。
(2)外部専門機関との連携
必要に応じて、外部の専門家や弁護士と連携し、カスハラ問題の解決を図ります。特に、患者側との法的なトラブルが懸念される場合には、早い段階で法的な支援を受けることが重要です。
(3)精神的なケアの提供
カスハラ被害を受けた従業員に対して、カウンセリングなどの心理的サポートを提供する仕組みを整えます。従業員が心身の健康を回復させるための支援体制を充実させることで、離職防止につなげることができます。
本章まとめ: 医療機関全体で取り組むカスハラ対策が鍵
カスハラへの対応は、医療機関全体で取り組むべき重要な課題です。就業規則の整備やマニュアル化、研修の実施、相談窓口の設置といった具体的な対策を講じることで、現場の負担を軽減し、従業員が安心して働ける環境を作ることができます。また、医療機関が「従業員を守る姿勢」を明確に示すことで、患者への医療サービスの質も向上します。こうした取り組みを通じて、カスハラを未然に防ぎ、医療現場の信頼性を高めることが可能です。
次章では、こうした解決策を実行に移す際に注意すべきポイントや、成功事例について詳しく解説します。
従業員を守り、信頼される医療機関を目指すために
医療機関におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)の問題は、患者やその家族が理不尽な要求や暴言、暴力を現場の従業員に向けることで、職場の士気や従業員の安全に深刻な影響を与えるものです。本記事では、カスハラが発生する背景や具体例、さらにはそれを防ぐための具体的な対策について詳しく解説してきました。ここでは、これまでの内容を振り返るとともに、医療機関が具体的な行動に移すための重要なポイントについて整理し、提言を行います。
医療機関が直面するカスハラ問題の要点
医療現場におけるカスハラの増加には、社会的な変化や患者の期待値の高まり、医療機関特有の「応召義務」と「患者第一主義」といった要因が影響しています。特に医療機関では、患者の命を預かる責任の重さや、医療の公共性ゆえの対応が求められる一方で、患者や家族からのハラスメントが放置されがちな傾向にあります。この結果、従業員が心身の負担に耐えられず離職するケースや、医療サービスの質が低下するリスクが生じています。
また、医療従事者は「患者を優先すべき」という使命感が強いため、カスハラに対して毅然と対応できない場合が多いことも問題です。このような背景を踏まえ、医療機関は組織全体でカスハラに取り組む必要性があると言えます。
効果的なカスハラ対策に向けた行動計画
1. カスハラに対する組織的な姿勢の明確化
医療機関がまず取り組むべきは、「従業員を守る」という明確な方針を打ち出すことです。カスハラに対して毅然とした姿勢を示すことで、従業員は安心して働くことができ、結果として患者に対しても質の高い医療を提供することができます。この方針は、就業規則や研修内容に反映される形で従業員全員に周知徹底する必要があります。
2. 就業規則と対応マニュアルの整備
就業規則に「カスハラを受けた場合の対応手順」や「患者対応を拒否できる条件」を明確に記載することが重要です。また、カスハラ発生時に迅速かつ適切な対応ができるよう、詳細なマニュアルを作成し、管理職やスタッフに共有します。これにより、現場が個人任せになる事態を防ぎ、組織として一貫した対応が取れるようになります。
3. 相談窓口と外部専門家の活用
現場のスタッフが問題を抱え込まず、速やかに相談できる窓口を設置します。また、場合によっては外部の専門家(弁護士やカウンセラーなど)と連携し、法的な対応や心理的サポートを提供する体制を整えることが効果的です。これにより、現場での負担を軽減し、問題解決を迅速に進めることができます。
4. 定期的な研修と教育プログラムの実施
研修を通じて、従業員と管理職がカスハラの問題を正しく理解し、適切に対応できるスキルを身につけることが重要です。たとえば、暴言や威圧的な態度への対応方法や、危険を感じた場合の具体的な行動指針について研修を行います。こうした教育プログラムを定期的に実施することで、現場での対応力を向上させることが可能です。
5. 応召義務の正しい理解の徹底
応召義務には例外があることを医療機関全体で理解し、暴力行為や著しいハラスメントがある場合には対応を拒否できることを明確にします。これにより、従業員が自信を持って行動できる環境を整えます。
カスハラ対策がもたらすメリット
これらの取り組みを実施することで、医療機関には次のようなメリットが期待できます。
• 従業員の安心感とモチベーションの向上
カスハラに対して毅然とした対応ができる環境を整えることで、従業員は職場に信頼を持ち、安心して業務に集中できます。これにより、職場の士気が向上し、離職率の低下が期待されます。
• 医療サービスの質の向上
従業員がストレスから解放されることで、患者に対する医療サービスの質も向上します。患者側にも「信頼できる医療機関」という印象を与え、施設全体の評価が高まります。
• トラブルの未然防止と医療機関の信用保護
明確な対応マニュアルやルールがあることで、患者やその家族とのトラブルが発生した場合でも、適切に対応できます。これにより、医療機関の信用や評判を守ることができます。
まずは、今すぐできる第一歩を踏み出しましょう
カスハラ問題への対応は、一朝一夕で完結するものではありません。医療機関全体で継続的に取り組むことが求められます。しかし、最初の一歩を踏み出すことが最も重要です。
以下のようなアクションを、今日から始めることをお勧めします。
1. 現場の従業員から意見をヒアリングする
カスハラの現状や従業員が感じている課題を把握するために、アンケートや面談を実施します。現場の声を基に、課題の優先順位を明確にしましょう。
2. 就業規則の改訂やマニュアルの策定を開始する
カスハラに関する明確な対応ルールを整備することは、最優先事項です。外部の専門家(社会保険労務士や弁護士)に相談しながら、実効性のある規則を整えましょう。
3. 研修や教育プログラムを計画する
初期段階では簡易な研修でも構いません。カスハラの現状や基本的な対応方法について、従業員全員に共有する機会を設けましょう。
4. 外部専門家と顧問契約を結ぶ
カスハラ対応に特化した社会保険労務士や人事コンサルタントとの顧問契約を結び、必要に応じて適切なアドバイスを受けられる体制を整えます。
まとめ: 従業員を守ることが医療機関の未来を守る
カスハラ問題に取り組むことは、従業員の働きやすさを守るだけでなく、医療機関全体の持続可能性を高める重要な課題です。従業員を守るための仕組みを整えることで、患者に対しても質の高い医療サービスを提供できる環境が生まれます。
まずは小さなアクションから始めてみてください。あなたの医療機関が「安心して働ける職場」として従業員や患者から信頼される存在になるために、今すぐ行動を起こしましょう。
カスハラ対策を整え、従業員が安定して働ける環境を整えることは、医療機関にとっても労働力の安定や職場の多様性向上につながる、重要な投資です。
これからカスハラ対策を進めようとする医療機関も、すでに取り組んでいる医療機関も、取り組みに関する不安や課題があれば、ぜひ一度私にご相談ください。
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