②生成AI導入で発生する中小企業の労務リスクと対応策|社労士が実務で見た注意点とは?

熊本市の特定社会保険労務士、荻生清高です。
10回にわたり、中小企業の人事労務における、生成AI活用とリスク管理について説明します。
2回目の今回は、生成AI導入で直面しやすい人事労務リスクと、情報漏洩の防止策について解説します。
なお、2025年4月28日に行った、当事務所セミナーの内容をまとめています。
生成AI導入で直面しやすい人事労務リスクとは?
近年、生成AIは中小企業の人事労務管理においても注目されています。業務効率化や生産性向上の切り札として期待が高まる一方で、導入には特有のリスクが存在します。社会保険労務士として、これまでの実務経験と最新のセミナー内容を踏まえ、中小企業が生成AI導入時に直面しやすい人事労務リスクを解説します。
まず最も注意すべきは、情報漏洩リスクです。生成AIは、入力された情報を学習データとして一時保存または蓄積する場合が多く、設定次第では外部に情報が流出する恐れがあります。特に、氏名や連絡先、給与情報、社内の業務秘密などの個人情報や機微情報をAIに入力すると、意図せず外部に漏れるリスクが高まります。たとえば、AIチャットに社員の個人情報や顧客情報を含む質問を投げかけると、そのデータがAIプロバイダの学習に反映されることがあります。これはデータ管理のガバナンス違反に直結し、個人情報保護法に抵触する恐れがあるため、企業として最低限のルール整備と利用制限が必須です。
次に深刻なのは、ハルシネーション(誤情報生成)リスクです。生成AIはあくまで統計的パターンに基づき文章や回答を作成するため、内容がもっともらしく見えても、事実誤認や根拠のない情報を提示してしまう場合があります。人事労務の分野では、存在しない判例を引用したり、誤った法令解釈を示したりする事例が確認されており、これを鵜呑みにしてしまうと誤った対応や社内トラブルの原因になります。例えば、解雇予告通知書の文言案をAIに作成させた際、実際には違法な表現が含まれたまま使われてしまうリスクがあるのです。こうしたリスクを防ぐために、AIが出したアウトプットは必ず専門家のチェックを通す仕組みが必要であり、「AI=正しい」という誤解を払拭する社内意識改革も同時に進めるべきです。
さらに忘れてはならないのが、著作権侵害リスクです。生成AIは、インターネット上の様々な著作物を学習した結果として類似文書や画像を生成するため、意図せず著作物の模倣や無断転載に該当する内容を生むことがあります。例えば、求人広告の文面や就業規則の文章をAIに依頼し、その中に第三者の著作物と酷似した部分が含まれていた場合、後に法的紛争に発展する可能性があります。会社としては著作権・知的財産権に関する教育を徹底し、AI生成物がオリジナルかつ自社ルールに準拠しているか確認する体制を整備しなければなりません。
加えて、プライバシーおよび情報セキュリティ上のリスクについても注意が必要です。AIツールのアップデートで予期せぬ設定変更が行われ、位置情報や利用履歴などのプライバシーデータが第三者に共有される事例も報告されています。これは経営層や管理者が、利用するツールの設定状況を頻繁にチェックし、従業員に適切な使い方の指導を行うことでリスクを軽減できます。
以上のリスクを総合的に管理するためには、社内ルールの整備と従業員教育が欠かせません。生成AI利用禁止事項や取扱基準、入力前の情報のマスキング、仕上がりの人間によるチェック、トラブル時の報告ルートを明文化し、社内全体で周知徹底することが求められます。特に、生成AIはまだ発展途上の技術であり、規制や指針も流動的なため、リスク管理は運用開始後も継続して見直し、最新の情報に対応できる体制を構築することが重要です。
私も担当する複数の中小企業では、生成AI導入支援の際にこれらのリスクをあらかじめ説明し、具体的な対策とチェック体制の導入をセットで提案しています。AI活用は必ずしも完全な自動化や無人化ではなく、「人間とAIが協力してリスクを管理しながら利活用する」ことが成否のカギとなります。特に人事労務分野では法令遵守と社員の安心確保が最優先ですので、過度な依存を避けつつ、生成AIの利便性を生かすバランス感覚を持つことが求められます。
以上、生成AI導入時に中小企業の人事労務で直面しやすいリスクの概要と対応に関する解説でした。次節では、私が推奨する情報漏洩防止策や運用ルールの構築方法について詳しくご説明していきます。前述の業務効率化メリットと合わせて、安全かつ効果的なAI活用の道筋を構築しましょう。
安全なAI活用のための社内ルールと従業員教育の進め方
生成AIは中小企業の人事労務業務を劇的に効率化する一方で、情報漏洩や誤情報提供(ハルシネーション)、著作権侵害などのリスクを伴います。安全に活用するためには、単なる導入だけでなく、社内ルールの明確化と従業員教育を体系的に進めることが不可欠です。ここでは、社労士の立場から実務経験に基づく具体的な進め方を解説します。
【1】社内ルール整備の基本事項
生成AIを含むAIツールは日進月歩で進化し、利用環境やリスクも変化します。これを踏まえ、社内ルールは「現状の技術特性を踏まえた最低限の基準」で策定しつつ、定期的に見直すことが重要です。主なルール項目としては以下が挙げられます。
・利用目的の明確化と適用範囲:生成AIの利用は「業務効率化と情報作成支援に限定」し、私的利用の禁止や制限、利用すべき業務領域も定めます。
・機密情報・個人情報の取扱い制限:入力時の情報は機密や個人情報をマスキングまたは除去する義務を明文化。機密保持契約等の遵守事項も再確認。
・データの保存と学習利用設定の管理:使用するAIツールのデータ利用・保存設定を管理者が把握し、社内基準に合致するか確認。学習に告知なく利用されないことを前提に扱う。
・成果物の確認と責任所在:AIが生成した文書は必ず人間が内容確認し、誤情報や不適切表現を排除。最終責任者やチェック体制を明示。
・違反時のペナルティ:ルール違反時の報告義務や処分についても規定し、未然防止と抑止を図ります。
これらを就業規則や情報管理規程に準じて組み込み、社内で「正式なルール」として制度化することが望ましいです。
【2】社内ルールを「生きたルール」とするための周知と教育
ルールを形だけ整えたところで、その内容やリスクが社員の実務に浸透していなければ意味がありません。従業員一人ひとりが生成AIの特徴を理解し、リスク感度を高めたうえで自律的に配慮できるように教育体制を構築しましょう。
・初期研修の実施:導入時または新入社員向けに生成AIの効果とリスク、社内ルールの趣旨を伝える研修を必須化します。
・定期的リマインドとアップデート:技術進化や法令変更に応じた内容で、年に1~2回程度のフォローアップ研修や周知メールを配信。
・具体的な事例を用いたケーススタディ:誤った利用や情報漏洩事例、社労士が支援した成功例など現実的なシナリオを紹介し理解を深めます。
・Q&A体制の整備:ルール運用中に生じる疑問や現場からの相談に速やかに応える体制(社内ヘルプデスクや労務担当者)を設置し、疑義をクリアにします。
・従業員からのフィードバック収集:現場の使い勝手、課題を定期的にヒアリングし、ルール改定にも反映させる双方向コミュニケーションを促進。
教育は単なる一過性の説明ではなく、組織文化としてAIリスク管理の「感度」を高める機会と位置付けることがポイントです。
【3】運用体制と継続的改善の視点
生成AIの利用現場は多様であり、運用ルールを守るためのモニタリングと継続的改善も欠かせません。
- 利用状況の把握と報告体制:誰が何をどのAIツールで利用しているかを管理者が把握し、不適切な使い方がないかチェック。同時に従業員には自己申告ルールも設けます
- チェック体制の強化:生成AIの出力に対して、人事労務専門家による事前・事後のレビュー工程を設けて誤情報リスクを減少。
- 運用ルールの周期的なレビュー:技術革新や法令改正、社内トラブルの状況に応じてルールを見直し、最新のベストプラクティスを取り入れます。
- トラブル発生時の対応フロー明示:万が一、情報漏洩や誤情報使用の事例が発生した場合の内部通報、原因調査、関係者対応など手順を確立。
- 外部専門家との連携強化:必要に応じて社労士や情報セキュリティ専門家の助言を得て、リスク対策や法令遵守の確実性を高めることも有効です。
【4】社労士が伴走することで得られる安心感
私は、熊本を中心に中小企業の労務管理とDX推進を支援しています。生成AI導入に際しては技術面だけでなく労務・法令面の課題を的確に把握し、実務に即した運用ルールの策定や教育プログラムの構築、運用後のリスク管理まで総合的にサポートしています。自社で人材やノウハウが不足する場合は、ぜひ専門家の助言を活用し、安全と利便性のバランスを取りながら活用を進めてください。
以上のように、生成AIを安全に活用するには社内ルールの整備と従業員教育が車の両輪です。ルールはおざなりにせず、社員が日常的に意識できるものに昇華し、継続的に運用改善に取り組むことが、中小企業ならではの課題を乗り越え、DXを成功に導く鍵です。
10回の記事は、こちらのタグ「生成AIの基礎知識」にまとめています。
特定社会保険労務士 荻生 清高|社会保険労務士 荻生労務研究所(熊本市)
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