⑦人事評価での生成AI活用事例とトラブル回避のためのチェック体制

熊本市の特定社会保険労務士、荻生清高です。
全10回にわたり、中小企業の人事労務における、生成AI活用とリスク管理について説明します。
7回目の今回は、人事評価における生成AIの活用事例と、トラブルを避けるためのチェック体制のポイントを紹介します。
なお、2025年4月28日に行った、当事務所セミナーの内容をまとめています。
AIによる人事評価の現状と活用可能な領域
近年、生成AIをはじめとする人工知能技術の進展により、人事評価の現場にも変革の波が押し寄せています。社労士として多くの中小企業の労務管理支援に携わる中で感じるのは、人事評価分野におけるAI活用はまだ黎明期でありながら、多くの可能性と同時に慎重な対応が求められる重要な局面にあるということです。
まず、現在の人事評価におけるAIの活用状況を俯瞰すると、主に定量的データの集計と分析、評価資料のドラフト作成、そして評価基準の整備支援に利用されているケースが多いです。勤怠データや業績指標などの客観的数字は、クラウド勤怠管理システムや業績管理ツールと連携してAIが処理し、傾向分析や異常値の検出に優れた効果を示しています。これにより、評価担当者はデータの裏付けをもって、公平な評価を心がけるための補助的情報を得やすくなっています。
一方、文章作成やフィードバック文の言い回しなど、人間の感情やニュアンスを繊細に扱う部分においては、生成AIツールが評価コメントの草案作成や整理に利用されることが増えています。たとえば、評価面談用の説明資料やフィードバック文のドラフト生成は、評価者の負担軽減に寄与し、評価品質の均質化にもつながります。ただし、AIが生成する文章はあくまで「下書き」であり、誤情報や不適切な表現が含まれる可能性があるため、経験豊富な人事責任者や社労士が必ずレビューし、補正を加えることが不可欠です。
採用面接評価や人材育成プランの提案といったより高度な領域でもAIの試行利用は進んでいます。面接評価シートのテンプレート作成や評価基準の標準化にAIを活用し、統一的な基準づくりをサポートする動きが活発です。ただし、AIの解析モデルが特定の傾向に偏るリスクを考慮し、フェアな評価が担保されるよう人間側の介入と調整が求められている点は重要なポイントです。
私自身、これまでのコンサルティングで複数の企業と連携し、生成AIを活用した評価文書の作成支援や勤怠データ連携による評価分析の導入をサポートしてきました。その際に実感するのは、AI技術は評価を「全自動化」するものではなく、「人の判断を補助し業務負担を軽減する補完ツール」であるということです。AIが示すデータや提案結果をもとに、人事担当者が現場の事情や従業員個々の状況を考慮し最終判断を下すという関係性を確立しなければなりません。
現在AIが苦手とするのは、評価対象者のモチベーション、職場の人間関係、働き方の多様性といった定性的側面の正しい理解と反映です。こういった人間的要素は労務管理においても欠かせない判断材料であるため、AI任せではなく、人事評価が持つ本質的役割を見失わないことが重要です。
しかしながら、勤怠やパフォーマンスデータの多角的な分析、法令改正に伴う評価基準の自動アップデート支援、あるいは評価面談の準備作業における文書作成支援など、AIが「効率化」と「正確性向上」に資する領域は確実に広がっています。特に中小企業では、人員不足や経験不足による評価品質のバラツキを抑制するうえで、生成AIの活用は大きな武器となるでしょう。
ただし、本格導入にあたっては以下の点を必ず検討・実施すべきです。まず、AIが生成した評価関連書類は、必ず労務管理の専門家により内容精査と法令適合性のチェックを受けること。次に、AIに入力する人事データは、プライバシー保護と情報漏洩防止の観点から細心の注意を払うこと。さらに、AIの判断や提案を鵜呑みにせず、最後は必ず人の目による最終確認体制を整備することが肝要です。
最後に、生成AI活用がもたらす人事評価の未来像として、単なる効率化にとどまらず、「多様な視点からの公平な評価実現」「評価者間の判断バラツキを減らす仕組みづくり」「評価データのビジュアル分析による戦略的人材活用」といった高度な活用が期待されます。こうした動きは、私のような社労士が企業の法令遵守を基盤にしつつ、DX推進のパートナーとして果たす役割の重要性を一層高めることになるでしょう。
よくあるトラブルと企業が講じるべきリスク対策
生成AI活用が進む中小企業の労務管理現場では、利便性の向上と業務効率アップが期待される一方で、特有のトラブルやリスクも顕在化しています。今回は、私の実務経験とセミナーでの知見を踏まえ、中小企業が生成AIを労務分野に導入・活用する際に注意すべき主なトラブル事例と、その防止・リスク対策を具体的に解説します。
まず最も多いのが「情報漏洩リスク」です。生成AIツールに入力した人事情報や顧客データ、従業員の個人情報がAIの学習に使用されたり、保存されたりする事例が報告されています。特にChatGPTなどクラウド型AIは設定により入力情報を利用することがあり、無防備に社内詳細や個人情報を入力すると漏洩につながります。実際、私の相談対応でも「社名や社員名を含む文章をAIに投げてしまい、情報管理上の重大インシデントとなった」という事例があり、早急に利用停止と漏洩拡大防止措置を講じました。このようなミスは、社内での運用ルール不備や教育不足が根底にあります。
次に生成AI特有の「ハルシネーション(虚偽情報生成)」も問題視されています。例えば、存在しない裁判例をAIが示したり、誤った法令解釈を含む労務文書が作成されることがあります。そのまま評価基準や就業規則改定案に反映すると、後日トラブルに発展します。私が支援したある企業では、AIが示した助成金申請条件に基づいて手続きを始めた結果、申請失敗や制度誤解が生じ、周知文書も急遽修正させる経験がありました。こうしたリスクに対応するため、AIが生成した内容は必ず労務に精通した人間がチェックし、誤りや不適切表現を排除する二重三重の確認体制を組むことが不可欠です。
また、著作権侵害リスクも見逃せません。生成AIが学習データに含まれる既存の著作物に酷似した文書や画像を生成し、それを無断使用すると法的トラブルに発展します。特に求人広告や就業規則の文面作成時、他社の規定をそのまま入力して類似文書を生成させると侵害リスクが高まります。私はクライアントに対して、「古い文書や他社の資料を丸々投入する不可避な行為は控える」「社内独自の運用実態や特色を盛り込むことでオリジナリティを保つ」ことを強く推奨しています。生成物を使用する際は、オリジナリティの確認・修正が必須です。
情報漏洩と並んで留意すべきは、「プライバシー設定やアプリの不用意なアップデートによるリスク」です。AIシステムの管理画面や設定は頻繁に改修されるため、以前は学習利用停止にしていたものが、知らぬ間に設定が変更されているケースもあります。実際に私の顧問先で、社内データ入力によりプライバシー規定違反の可能性が疑われ、管理者が設定詳細を再確認し、全員に注意喚起を行った事例があります。こうした問題を防ぐためには、AIツールのバージョンアップや設定変更があれば速やかに社内共有し、IT担当者や労務担当者が定期的に監査・確認する仕組みが必要です。
企業が講じるべきリスク対策として最も基本となるのは「社内での明確な生成AI利用ルールの策定と周知」です。利用目的(業務効率化に限る・私的利用禁止)、入力禁止情報(個人名・顧客情報・具体的な数字など)、アウトプットのチェック義務、違反時の懲戒規定までを一貫して文書化します。ルールは就業規則や個人情報管理規程、機密情報管理規程と整合させ、全社員に研修やeラーニングで確実に浸透させる必要があります。私の支援先企業でも、導入初期に幹部主導のルール策定と集合研修を行い、誤った使用例を例示するなど具体的にリスクを体感させたことで、利用者の意識が格段に向上しました。
加えて、「人間による最終チェック体制の確立」は必須です。生成AIの出力を鵜呑みにするのではなく、専門家または担当者が必ず内容の法令適合性・社内運用実態適合性を確認し、必要な修正を加えて運用することが求められます。チェック機能付きのワークフローを設計し、複数段階のレビューを取り入れることも有効です。この体制はリスクの早期発見・是正に寄与し、将来的なトラブル回避に直結します。
また、「利用者教育の継続的実施」も欠かせません。生成AI導入直後の説明会や研修だけでなく、定期的なフォローアップや研修を定例化し、最新のリスクや社内ルール改定を共有するとともに、具体的なトラブル事例も積極的に紹介し、危機感の醸成を図ります。これにより、日常業務の中で自律的にルール遵守が進み、事故防止につながります。
最後に、生成AIの安全利用は「技術的対策と人間の運用管理の組み合わせ」であり、AIツールの機能特性や設定を正確に理解し、労務管理の専門知識を活かした運用ルールやチェック体制を組織に根付かせることが最も重要です。私の事務所では、企業の課題に合わせたAI導入支援、運用ルール策定支援、教育プログラム構築、リスクモニタリングまで一貫してサポートしています。生成AIによる労務管理の効率化に取り組む企業様は、ぜひ専門家との連携を検討し、安全かつ効果的な活用を実現してください。
以上が、生成AI活用にまつわるよくあるトラブルと企業が講じるべきリスク対策のポイント解説です。前述の「人事評価におけるAI活用」や「AI誤情報対策」などの記事とあわせて理解していただくことで、より安全かつ効果的な生成AI活用体制を構築可能です。
10回の記事は、こちらのタグ「生成AIの基礎知識」にまとめています。
特定社会保険労務士 荻生 清高|社会保険労務士 荻生労務研究所(熊本市)
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