⑤社労士が教える生成AI利用ルールの作り方と社内教育の進め方

熊本市の特定社会保険労務士、荻生清高です。
全10回にわたり、中小企業の人事労務における、生成AI活用とリスク管理について説明します。
5回目の今回は、生成AIの利用ルールの作り方と、社内教育の進め方を紹介します。
なお、2025年4月28日に行った、当事務所セミナーの内容をまとめています。
労務管理におけるAIガイドライン策定の重要性
生成AIの急速な普及は、中小企業の労務管理業務に革新的な効率化の可能性をもたらす一方で、新たなリスクも顕在化させています。こうした変化の中で、企業が安定的かつ安全に生成AIを活用していくためには、まず社内での「AIガイドライン」を策定することが不可欠です。労務管理は人事情報や個人情報、多種多様な機微なデータを扱う分野であり、AIの利用におけるルールづくりには特に慎重かつ実務に即した配慮が求められます。
まず、なぜAIガイドラインが必要なのか。生成AIは膨大なデータを基に文章や回答を作り出しますが、それがいつでも正確で安全な情報を提供するとは限りません。誤った情報(ハルシネーション)の生成や、入力情報の外部流出など、労務管理においては重大なリスクが伴います。こうしたリスクを適切に管理するためには、AI利用者が守るべきルールや利用時の注意点を社内で明文化し、周知徹底する体制構築が最初の一歩となります。
具体的に策定すべきAIガイドラインの内容には、以下の要素が挙げられます。
まず、利用目的の明確化です。業務上必要な文書作成や問い合わせ対応、データ分析など、生成AI活用は業務効率化や品質向上のために限定し、私的利用の禁止や制限も含めて定めます。次に、情報管理の徹底。個人情報や機密情報を入力する際は必ずマスキングや要約を行い、特定可能な情報がAIに渡らないようにすることを義務付けます。これは情報漏洩リスクを抑制するうえで最も重要なポイントです。
さらに、AIツール自体のデータ利用設定の管理者責任も明記すべきです。多くの生成AIサービスは入力情報の第三者利用や学習データへの転用を伴う場合があり、設定で学習拒否ができても一時保存が行われるケースもあります。導入前にサービス提供元の利用規約やプライバシーポリシーを確認し、それを踏まえた運用ルールを策定することが必要です。こうした管理者の責務を明文化することで、利用者も適切な操作に意識が向かいます。
また、AIによるアウトプットは必ず人間のチェックを経ることを必須とする規定も欠かせません。労務管理文書の法令遵守や表現の微妙なニュアンスはAIだけでは担保できません。専門知識を持つ人事労務担当者や顧問社会保険労務士が検証し、不適切な情報の拡散や誤解を防ぐ体制を構築しましょう。このチェックプロセスを正式な業務フローとして位置付け、誰が何をどの段階で確認するのかを明示することが、トラブル防止の実効性を高めます。
さらに、違反時の対応規定も事前に用意します。例えば、ガイドライン違反による情報漏洩が発生した場合の報告義務や処分基準を明確にしておくことで、社内の責任感を引き上げる効果が期待できます。対外的にも企業としてのリスク管理姿勢を示すことになり、信頼確保に寄与します。
また、このAIガイドラインは「生きたルール」として運用されることが重要です。技術の進化や法令の改正、実務上の課題を踏まえ定期的に見直す運用体制を用意し、社内での周知教育も繰り返し実施しましょう。具体的には、新技術の導入やサービス提供元の仕様変更に合わせたアップデート、社内での利用実態の把握と問題点のフィードバック反映などが挙げられます。
こうしたガイドライン策定と運用に当たっては、労務管理に精通した社会保険労務士と連携を図ることを強く推奨します。専門家の視点でAI活用の特有リスクを分析し、企業実態に即した具体的な対応策を提案・実装できるからです。私自身の事務所でも、生成AI導入支援と併せてこうしたガイドライン作成支援を行い、社内運用体制の整備から教育まで一貫したサポートを提供しています。
結論として、生成AIがもたらす労務業務の効率化やイノベーションを享受しつつも、情報漏洩や誤情報拡散といったリスクを適切にコントロールするためには、社内でのAIガイドライン策定が不可欠です。特に社内のルールが曖昧だったり徹底されていない場合、企業にとって取り返しのつかないトラブルに発展しかねません。だからこそ、経営層も巻き込み、労務専門家と連携しながら、明確で運用可能なAI活用ルールを早期に整備することが、中小企業がDX時代を勝ち残る鍵となるのです。
社内でルールを徹底するための具体的手順と教育のポイント
生成AIを人事労務管理の現場に導入する際、単にルールを策定するだけでは効果が限定的です。特に中小企業では、人事担当者や従業員がルールを理解・遵守し、日々の業務で自然に実践できることが肝要です。そこで、本稿では社内ルールの徹底に向けた具体的な手順と、それを支える教育のポイントについて掘り下げて解説します。
まず、ルールの「具体的な手順」には大きく3つの段階が必要です。【1】ルールの策定・文書化、【2】従業員への周知徹底、【3】定着化に向けた継続的な運用の仕組みづくりです。
【1】のルール策定は前述の通り、利用目的の限定、個人情報・機密情報の取り扱い基準、AIツールのデータ利用設定管理、アウトプットの人間によるチェック義務、違反時の罰則規定などを明文化します。ここで重要なのは、関連する就業規則や情報管理規程、コンプライアンス規程においても一貫性を保つことです。社内文書がバラバラに存在すると混乱を招くため、AI利用ルールは既存規程と整合をとりつつ、明確かつ具体的に策定しましょう。例えば、「生成AIは業務上の下書き作成に限定し、個人名や顧客情報など特定情報は入力禁止」と明示することが効果的です。
【2】従業員への周知徹底は、多様な手段を活用するのが効果的です。通常の社内メールやイントラネット掲載だけでは「目を通しただけ」で終わる恐れがあり、ルール理解やリスク認識が不足します。そのため、初回導入時は必ず対面またはオンラインを利用した集合研修やセミナーを実施し、生成AIの特徴、労務リスク、具体的な社内ルール、事例紹介などを具体的に説明します。講師役には労務管理の専門家や顧問社労士が望ましく、質問を受け付け丁寧に解説することで理解度が格段に高まります。また、資料は分かりやすい言葉でできるだけ簡潔にし、手元に残して後からでも確認できるよう配布・共有しましょう。さらに、研修の効果測定として小テストやアンケートを活用し、理解度や意識浸透状況を把握することもおすすめします。
【3】定着に向けた継続的運用としては、まず定期的なリマインドが欠かせません。生成AI技術の進化も速くリスク認識の見直しも必要なため、年1~2回はフォローアップ研修や勉強会を開催し、最新情報や改訂したルール、利用上の課題解決例を共有します。単なる情報提供に留まらず、従業員の疑問や不安を解消し、利用現場からの声を吸い上げることで、「使いながら学ぶ」環境を醸成できます。
また、社内ヘルプデスクや専用の相談窓口を設け、日常的にルール違反や疑問があればすぐ相談できる体制を整えることも効果的です。これにより、不適切利用の未然防止と迅速な問題対応が可能となります。加えて、ルール遵守状況のモニタリングも実施しましょう。管理者がAI利用ログや操作記録をチェックし、違反や疑わしい行動があれば個別にフォローアップを行うことで、全社的にルールが守られる雰囲気が醸成されます。
教育面では、単にルールを伝えるだけでなく、リスクを「体感」させることがポイントです。誤ったAI活用による情報漏洩事例やハルシネーションによる労務トラブルの具体例を紹介し、「明日は我が身」として危機感を持ってもらうことが肝要です。実例を用いた演習やグループワークを通じて、どのような場面でルール違反になるか、どうやってリスクを回避するかを考えさせることで、自己保全意識を高めます。
継続的な改善とリスクチェック体制の維持方法
生成AIは日々進化し法制度も変化するため、教育プログラムは「一過性」では終わらせず、変化に即応できる仕組みとする必要があります。社内教育担当者や労務管理責任者が最新の技術動向や法改正を把握し、内容更新を定期的に行うことが望ましいです。また、AI利用に関するFAQ集や運用マニュアルを整備し、社員が自主的に参照できるようにすることで、現場運用がスムーズになります。
まとめ
生成AIを安全かつ効率的に活用するためには、単なるルール作成を超え、「どう伝え、どう定着させるか」が非常に重要です。明確な文書と研修による理解促進、定期的なフォローアップ、相談体制の確立、違反察知と指導の仕組み、そしてリスク事例を通じた危機感醸成を組み合わせた包括的なアプローチが必要です。社労士として私は、このような運用体制の構築と運用サポートを通じて、多くの中小企業が生成AIの利便性を享受しつつ、リスク管理を強化できるよう支援しています。
10回の記事は、こちらのタグ「生成AIの基礎知識」にまとめています。
特定社会保険労務士 荻生 清高|社会保険労務士 荻生労務研究所(熊本市)
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