AI採用ツールの時代に人事が守るべき「公正さ」― 2026年アメリカ新法から学ぶ、日本企業の未来

はじめに:AI採用の光と影
人手不足が深刻化する中、多くの企業が採用活動の効率化を模索しています。その切り札として注目されているのが、AI(人工知能)を活用した採用ツールです。履歴書の自動スクリーニング、候補者のスコアリング、面接日程の自動調整など、AIは人事担当者の負担を大幅に軽減する可能性を秘めています。
しかし、その一方で「AIによる差別」という新たな問題が浮上しています。2026年、アメリカでは複数の州でAI採用ツールに対する法規制が本格的に施行されます。今回は、この動きが日本の中小企業にどのような影響を与えるのか、社会保険労務士・生成AIアドバイザーの視点から解説します。
アメリカで始まったAI雇用法の新時代
コロラド州:2026年6月30日施行法の衝撃
コロラド州では、2024年に成立した「SB 24-205(コロラドAI法)」が2026年6月30日から施行されます。この法律は、AI採用ツールを「高リスクAIシステム」と位置づけ、企業に以下の義務を課します:
- リスク評価の実施:AIツールが特定の属性(年齢、人種、性別、障害など)に対して差別的影響を与えていないか評価する
- 透明性の確保:候補者や従業員に対し、AIが採用判断に使われていることを事前に通知する
- 合理的注意義務:AIによる差別を防ぐための積極的な対策を講じる
違反した場合、企業は訴訟リスクや民事罰金(最大100万ドル)に直面します。
他州も追随:カリフォルニア、イリノイ、テキサス
コロラド州だけではありません。カリフォルニア州では「自動意思決定システム(ADS)規制」が2025年10月に施行され、AIツールの定期的な監査と透明性の確保が義務化されました。イリノイ州でも2026年1月から、AIによる差別的効果を禁じる法律が施行されています。
さらに、トランプ政権は2025年12月に大統領令(EO 14365)を発令し、州ごとにバラバラなAI規制を統一する連邦基準の策定を目指しています。しかし、各州は独自の規制を進めており、企業は当面、複雑な「州ごとの対応」を迫られることになります。
なぜAIは「差別」を生むのか?
AIが差別を生む理由は、そのアルゴリズムが過去のデータから学習するためです。たとえば、ある企業が過去10年間の採用データをAIに学習させたとします。もしその期間、男性社員が多く採用されていたなら、AIは「男性のほうが優秀」と判断し、女性応募者を低く評価する可能性があります。
また、顔認識技術を使った面接評価ツールでは、肌の色が濃い人や宗教的な頭巾をかぶっている人、ヒゲを生やしている人などが正確に評価されないケースも報告されています。これは、AIの学習データに多様性が欠けていたことが原因です。
さらに、AIは「勤務可能な曜日」などの条件で応募者をフィルタリングすることがありますが、これが宗教的理由で特定日に勤務できない人を排除してしまう場合もあります。
つまり、AIは「客観的で公正」に見えて、実は過去の偏見をそのまま再現してしまうリスクを抱えているのです。
日本企業への影響:「対岸の火事」ではない理由
「アメリカの法律だから、日本の中小企業には関係ない」と思われるかもしれません。しかし、そうではありません。以下の3つの理由から、日本企業もこの問題を無視できません。
1. 日本でも法規制が進む可能性
日本政府は2023年にAI戦略会議を設置し、AIの利活用と規制に関する議論を進めています。すでに個人情報保護法やハラスメント防止法など、雇用に関する法規制は年々厳しくなっており、AIに関しても規制が導入される可能性は十分にあります。
2. グローバル企業との取引リスク
熊本県内でも、海外企業と取引のある中小企業は少なくありません。もし取引先の海外企業が「サプライヤーにもAI倫理基準の遵守を求める」方針を打ち出した場合、日本企業も対応を迫られます。
3. 企業の社会的責任(CSR)の高まり
Z世代を中心に、就職先を選ぶ際に「企業の倫理観」を重視する傾向が強まっています。AIを使った採用が「不透明で不公正」と見なされれば、優秀な人材を遠ざけてしまうリスクがあります。
社会保険労務士の視点:AIと労務リスク管理
私は社会保険労務士として、多くの中小企業の人事労務をサポートしてきました。その経験から言えるのは、「AIツールの導入は、労務リスク管理そのもの」だということです。
AIツール導入時のチェックポイント
AI採用ツールを導入する際には、以下のポイントを必ず確認しましょう。
1. バイアステストの実施
AIツールが特定の属性に偏った判断をしていないか、定期的にテストを行いましょう。ベンダーに「バイアステストの結果報告書」を提出してもらうのも有効です。
2. ベンダーの信頼性確認
AI開発企業が法的・倫理的基準を満たしているか、事前に確認しましょう。価格だけで選ぶのは危険です。
3. リスク評価の記録
AIツールの導入前後でどのようなリスク評価を行ったか、記録を残しましょう。万が一訴訟になった場合、この記録が企業を守る証拠になります。
4. 人間によるレビュー
AIの判断を最終決定とせず、必ず人間が最終チェックを行う体制を構築しましょう。「AIが推薦した候補者を、人間が面接して最終判断する」というプロセスが理想です。
生成AIアドバイザーの視点:AIとの賢い付き合い方
私はもう一つの顔として、生成AIアドバイザーとして企業のAI活用を支援しています。その立場から言えるのは、「AIは道具であり、使い手次第で毒にも薬にもなる」ということです。
AIの「得意なこと」と「不得意なこと」を理解する
AIは大量のデータを高速で処理することが得意です。しかし、「文脈を読む」「感情を理解する」「倫理的判断をする」ことは不得意です。たとえば、履歴書に空白期間がある応募者がいたとします。AIはそれを「マイナス評価」と判断するかもしれませんが、実際にはその期間に介護や病気療養をしていた可能性もあります。
こうした「人間にしか分からない事情」を汲み取るのが、人事担当者の役割です。AIはあくまで「一次スクリーニング」を担当し、最終判断は人間が行う。このバランスが重要です。
AIに「学習させるデータ」の質を高める
AIの性能は、学習データの質に大きく左右されます。もし過去の採用データに偏りがあるなら、それを修正してからAIに学習させるべきです。たとえば、性別や年齢のバランスが取れたデータセットを用意することで、AIの判断精度が向上します。
熊本の中小企業が今から準備すべきこと
熊本県内の中小企業の多くは、まだAI採用ツールを導入していないかもしれません。しかし、人手不足が深刻化する中で、今後導入を検討する企業は確実に増えるでしょう。その時に備えて、今から以下の準備を始めることをお勧めします。
1. 社内の採用プロセスを見直す
まず、現在の採用プロセスを可視化しましょう。「どの段階で誰が何を判断しているのか」を明確にすることで、AIにどの部分を任せるべきかが見えてきます。
2. 人事担当者のAIリテラシーを高める
AIツールを使いこなすには、人事担当者自身がAIの基本的な仕組みを理解している必要があります。社内研修や外部セミナーを活用して、AIリテラシーを高めましょう。
3. 専門家に相談する
AIツールの導入は、法律・倫理・技術の3つの側面から検討する必要があります。社会保険労務士や生成AIアドバイザーなどの専門家に相談することで、リスクを最小限に抑えることができます。
結びに:AIと人間が共に歩む未来へ
AI技術は、私たちの働き方を大きく変える可能性を秘めています。しかし、それは「人間を置き換えるため」ではなく、「人間の能力を拡張するため」に使われるべきです。
採用活動においても、AIは強力なサポートツールになり得ます。しかし、最終的に「人を見る目」を持っているのは、やはり人間です。AIに頼りすぎず、AIを賢く使いこなす。そのバランス感覚が、これからの人事担当者に求められるスキルだと思います。
熊本の中小企業の皆さまが、AI時代の人事労務を安心して進めていけるよう、私たち専門家も全力でサポートしてまいります。何かご不明な点があれば、いつでもお気軽にご相談ください。
参考資料
– K&L Gates LLP「Navigating the AI Employment Landscape in 2026」
https://www.klgates.com/Navigating-the-AI-Employment-Landscape-in-2026-Considerations-and-Best-Practices-for-Employers-2-2-2026
著者プロフィール
荻生 清高(おぎう・きよたか)
社会保険労務士 荻生労務研究所 代表。
特定社会保険労務士・生成AIアドバイザー。
熊本県内の中小企業を中心に、人事労務コンサルティングとAI活用支援を行う。「人とテクノロジーの共生」をテーマに、企業の成長をサポートしている。
【本記事に関するお問い合わせ】
AI採用ツールの導入をご検討の企業様、労務リスク管理にご不安のある企業様は、お気軽にご相談ください。初回相談は無料で承っております。
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