賞与で逃げても意味がない? 傷病手当金・年金が減る“危険な報酬設計”

社会保険料を減らす工夫が裏目に出ることも
中小企業や中堅企業の経営者の中には、「社会保険料をできるだけ抑えたい」と考える方も多いでしょう。特に会社役員においては、事前確定届出給与制度を活用しながら、賞与偏重の報酬設計が選ばれるケースも見受けられます。
しかし、こうした設計が、将来の傷病手当金や年金制度による保障を著しく損なうリスクがあることは、あまり知られていません。本記事では、制度の趣旨とリスクについて解説します。
傷病手当金に賞与が含まれない理由
傷病手当金の支給額は、支給開始月以前の12ヶ月間の「標準報酬月額」の平均で算定されます。ここに賞与(ボーナス)は含まれません。
なぜなら、傷病手当金は「病気やケガにより働けなくなった際の生活保障」として設計されており、毎月の給与(定期的な報酬)こそが生活基盤とされているためです。
役員報酬でよくある手口:月額を下げて賞与に偏らせる
事前確定届出給与の使い方に注意
特に役員報酬では、事前確定届出給与制度を利用して月額報酬を極端に下げ(例:月10万円)、年2回の高額賞与で調整する手法が取られることがあります。
この方法では、賞与には社会保険料の算定基礎における上限(健康保険は年573万円、厚生年金保険は月150万円)があるため、結果的に保険料負担を抑えることができるように見えます。しかしこれは、制度上の“抜け道”のような設計であり、重大なリスクをはらんでいます。
見落とされがちなリスク:保障が機能しなくなる
傷病手当金が極端に少額になる
たとえ年収ベースで高収入があっても、月額報酬が10万円であれば、その平均が基準となるため、傷病手当金の支給額も極めて少額になります。
療養中の生活保障として全く足りず、「保険料を抑えた代償」が表面化します。
年金制度にも悪影響が及ぶ
さらに深刻なのは、年金給付(老齢年金・遺族年金・障害年金)への影響です。これらも標準報酬月額や標準賞与額に基づいて給付額が決定されるため、実際の生活を支えるほどの金額にならない可能性があります。
「老後資金は自分で準備しているから年金は不要」という声もありますが、年金は老後資金だけでなく、不慮の事故・病気・災害による“万が一”の保障でもあることを忘れてはなりません。
社会保険料は“保険料”──リスクに備えるための対価
企業にとって社会保険料は確かにコストですが、それ以上に重要なのは、従業員本人やその家族の生活を守る「保障機能」です。
経営判断として報酬設計を行う際には、短期的なコスト削減だけでなく、中長期的なリスクヘッジとして、社会保険制度の仕組みと趣旨を正しく理解することが不可欠です。
賞与偏重は“見えないリスク”を招く
「賞与で逃げても意味がない」と言えるのは、まさに制度の本質を見れば明らかです。
社会保険料を抑えるために賞与に偏らせた報酬設計は、傷病手当金も年金も“機能しなくなる”構造をつくってしまいます。
特に事前確定給与を活用した役員報酬の設計では、形式的に制度に適合していたとしても、実態と合わない報酬設定が本人や家族に不利益をもたらすリスクがあることを認識すべきです。
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