働き方改革は、本当に「働かせない改革」なのでしょうか。地方経済の現場から上がる悲鳴と、長時間労働が生んできた深刻な被害——この二つの現実は、決して対立するものではないはずです。
社労士として私が大切にしているのは、経営者か従業員か、どちらか一方の味方をすることではありません。双方の立場を理解し、事実を正確に整理した上で、会社と従業員が互いに伸びていける関係性を支えることです。
制度は歴史の中で積み重ねられた反省の上に成り立っています。しかし、制度が現実に合わなければ、現場に無理を強いることになります。今回は、ある新聞記事をきっかけに、働き方改革をめぐる本質的な問いと、社労士としての視点をお伝えします。
毎日新聞「働き方改革は『働かせない改革』?地方経済に吹く逆風」2026年7月16日
働き方改革をめぐる議論の本質
働き方改革をめぐる論点は、本質的には「働く側の健康と権利」と「企業の事業継続と経済活動」という二つの価値のバランスをどう取るか、という問題です。ご紹介しました谷川会頭の視点は、地方経済を支える立場から発せられた切実な声であり、無視できない現実を映し出しています。
しかし、社労士として私が常に意識しているのは、「会社と従業員、どちらかだけが正しいという構図で語るべきではない」ということです。
私は、社労士という仕事を通じて、経営者と従業員の双方が互いに伸びていける関係性を支えることを使命としています。ですから、働き方改革が地方経済に逆風をもたらしているという現実があるのなら、それは真摯に受け止めなければなりません。同時に、長時間労働が従業員の健康や家庭を蝕んできた歴史も、また事実として存在します。この両方を見据えなければ、本質的な議論にはならないと思っています。
中立性とは、どちらにも寄らないことではない
記事の中で谷川会頭は、「働き方改革が『働かせない改革』『働けない改革』になっている」という現場の声を紹介しています。これは、地方の中小企業が直面している現実を端的に表した言葉です。
若手が育ちにくくなった、技術の伝承が難しくなった、急ぎの仕事に対応できなくなった——こうした声は、決して経営者の都合だけで語られているわけではありません。仕事への情熱、技術の継承、地域経済の維持といった、社会全体にとって大切な価値が、制度の硬直的な運用によって損なわれている可能性があるのです。
しかし一方で、「午後5時を過ぎたらさっさと帰ってしまう」という外資系企業幹部の嘆きには、私は少し違和感を覚えます。なぜなら、労働時間の上限規制が導入された背景には、過労死や過労自殺、メンタルヘルスの悪化といった、深刻な人的被害があったからです。
法律は、歴史の中で積み重ねられた問題と反省の上に成り立っています。「日本人は勤勉だ」という期待が、実は「長時間労働を当然視する風土」と表裏一体だったことを、私たちは忘れてはならないと思います。
私が中立性を大切にするのは、どちらの立場にも寄らず傍観者であるためではありません。両方の立場を理解し、事実を正確に整理した上で、双方が納得できる着地点を探るためです。会社が潰れてしまえば、従業員の雇用も守れません。しかし、従業員が壊れてしまえば、会社も持続できません。この二つは、対立するものではなく、本来は両立させなければならないものなのです。
制度の背景を理解することの重要性
谷川会頭は、「デジタル化を進める前に働き方改革を実施してしまったことが致命的な欠陥だ」と指摘しています。この指摘は、非常に鋭いと思います。
制度は、それが機能するための前提条件が整っていなければ、現場に無理を強いることになります。北欧のように、キャッシュレス化が進み、デジタル化によって業務効率が高まり、男女の分業が進んでいる社会と、そうでない日本とでは、同じ労働時間規制でも意味が異なります。
ただ、だからといって「日本には合わないから規制を緩めるべきだ」という結論に直結するのは、早計だと私は思います。むしろ問いは、「なぜ日本ではデジタル化や分業が進まないのか」「どうすれば制度と現実の間にある溝を埋められるのか」という方向に向けられるべきです。
社労士として私が常に意識しているのは、制度を条文だけで扱うのではなく、その成立の歴史や背景、運用の実態まで踏まえて考えることです。制度は、現実に合わせて柔軟に運用されるべきものであり、現実を無視して形式だけを押し付けるものであってはなりません。
たとえば、裁量労働制の拡大については、「働く側の自由度を高める」という側面と、「労働時間管理の枠を外すことで長時間労働を助長する」という側面の両方があります。制度そのものが善か悪かではなく、どう運用されるか、どんな業種や働き方に適用されるか、といった文脈によって評価は変わります。ですから、議論する際には、「誰が、どんな状況で、どのように働いているのか」という事実をまず正確に整理することが不可欠です。
事実整理の土台なくして、対話は成り立たない
記事の中で、厚生労働省の調査が「印象操作だ」と批判されている点は、非常に重要な論点です。調査対象が大企業や中堅企業に偏っており、地方の中小企業の実態を反映していない——この指摘が事実であれば、それは政策の土台が歪んでいることを意味します。
私は、問題対応において最も大切なのは、評価や断罪の前に、まず事実を正確に整理することだと考えています。事実が歪んでいれば、どんな議論も空中戦になり、誰も納得できない結論に終わります。
ですから、政府が本気で働き方改革の実効性を検証するのであれば、調査の設計そのものを見直すべきです。地方の中小企業、特に運輸・建設・宿泊・飲食といった、規制の影響を強く受けている業種の現場を、もっと丁寧に拾い上げる必要があります。
同時に、従業員側の声も、経営者側のフィルターを通さずに直接聞く必要があります。なぜなら、経営者が「従業員も残業したがっている」と感じていても、実際には従業員が「断れない空気」の中で無理をしているケースもあるからです。
私が現場で感じるのは、問題の多くは「事実の見え方の違い」から生まれているということです。経営者は事業継続の危機を感じ、従業員は健康や家庭の危機を感じている。どちらも嘘をついているわけではなく、それぞれの立場から見える事実が違うのです。
ですから、対話の第一歩は、互いの見ている事実を共有することです。そのためには、第三者である社労士のような存在が、中立的な立場で事実を整理し、双方に伝える役割を果たすことが重要だと思っています。
トラブルはゼロにはできない——だからこそ備えが大切
記事を読んで改めて感じるのは、働き方改革をめぐる対立は、今後も続くだろうということです。なぜなら、働き方に関する価値観は、世代や業種、地域によって大きく異なるからです。
トラブルや対立をゼロにすることはできません。しかし、それが起きたときに、会社を守り、従業員を守り、双方が納得できる形で前に進めるかどうかは、準備と対応次第です。
私が社労士として大切にしているのは、問題が起きる前に、ルールを明確にしておくこと、そして問題が起きたときに、迅速に事実を整理し、対話の場を設けることです。
たとえば、残業時間の上限規制によって事業運営に支障が出ているのであれば、まずは現状を正確に把握し、どの業務がどれだけ逼迫しているのかを数字で示すことが必要です。その上で、業務の見直し、人員配置の工夫、外部委託の検討、デジタル化の推進といった選択肢を検討し、優先順位をつけていくことになります。
同時に、従業員に対しても、「なぜ今この対応が必要なのか」「会社がどんな状況にあるのか」を誠実に伝えることが大切です。従業員は、会社の都合を押し付けられることには抵抗を感じますが、事実を共有され、対話を重ねられれば、協力してくれることも多いのです。
私が現場で見てきた「良い会社」は、経営者が従業員に対して隠し事をせず、困ったときには正直に相談し、一緒に解決策を考える風土がある会社でした。
働きやすい会社とは、選択肢がある会社
働き方改革の目的は、「働きやすい社会」をつくることです。
しかし、「働きやすさ」の定義は、人によって違います。ある人にとっては、労働時間が短く、家庭との両立がしやすいことが働きやすさです。別の人にとっては、やりがいのある仕事に集中でき、成長を実感できることが働きやすさです。この多様性を無視して、一律の規制だけで働きやすさを実現しようとすることには、無理があると思います。
私が考える働きやすい会社とは、自由度と選択肢がある会社です。
たとえば、子育て中の従業員には短時間勤務を認め、技術を磨きたい若手には集中的に学べる機会を提供し、ベテランには経験を活かせる役割を用意する。全員に同じ働き方を求めるのではなく、それぞれの状況やニーズに応じて柔軟に対応できる会社です。
そして、そうした柔軟性を支えるのは、信頼関係です。会社が従業員を信頼し、従業員が会社を信頼しているからこそ、お互い様の精神で支え合うことができるのです。
働き方改革が「働かせない改革」になってしまうのは、制度が硬直的に運用され、現場の実情や個々の事情が無視されるからです。しかし、それは制度そのものの問題ではなく、運用の問題です。
社労士は、制度と現場の間に立って、双方を調整する役割を担っています。だからこそ、経営者の声も、従業員の声も、どちらも真摯に受け止め、事実を整理し、対話を促すことが私たちの仕事だと思っています。
歴史の継承者として
私は、自分の仕事を通じて、良い会社・良い組織を一つでも多く増やし、次世代へより良い制度と関係性を引き継ぎたいと考えています。
働き方改革は、まだ完成形ではありません。むしろ、今はその過渡期です。制度が導入されたばかりで、現場が混乱し、矛盾が噴出しているのは、ある意味では当然のことです。しかし、だからといって制度を否定し、元に戻すのではなく、制度を現実に合わせて調整し、運用を改善していくことが、私たちの世代の責任だと思います。
谷川会頭が「政府の結論が出てくるまで、声を上げ続ける」と決意を語っているように、経営者には経営者の役割があります。そして、従業員には従業員の役割があり、社労士には社労士の役割があります。それぞれが自分の立場から声を上げ、事実を共有し、対話を重ねることで、初めて社会は前に進むのです。
私は、社労士として中立的な立場を守りながらも、会社と従業員の双方が健全に伸びていける関係性を支え続けたいと思っています。それが、次の世代に引き継ぐべき、本当の意味での「働きやすい社会」だと信じているからです。

