従業員がメンタルヘルス不調などで長期間休職し、いったん復職したものの、間もなく再び休むことになった――。
こうしたケースは、中小企業でも決して珍しいものではありません。
そのとき会社として悩ましいのが、
「前回の休職期間と今回の休職期間を通算できるのか?」
という問題です。
2026年7月8日の東京地裁判決では、まさにこの点が争われました。
会社の就業規則には、一定の場合に前後の休職期間を通算する、いわゆる「中断規定」が設けられていました。
ところが東京地裁は、この規定の適用を認めず、休職期間満了による自然退職を無効と判断しました。
退職扱いが無効になると、その後の賃金をさかのぼって支払わなければならない場合があります。本件では会社側に本来支払うべきだった賃金をさかのぼって支払うこと(バックペイ)などが命じられ、支払額は1,000万円を超える結果となっています。
中小企業の経営者にとって、この判決から学ぶべきことは何でしょうか。
目次
何が問題になったのか
報道によると、労働者は2023年5月に入社し、同年8月に「うつ状態」と診断されました。
会社は同年9月から休職を命じ、その休職期間は2024年3月7日まで延長されました。
その後、労働者から復職可能との診断書が提出され、産業医面談や試し出社を経て、3月8日に復職。
3月12日まで出社しましたが、翌13日から再び欠勤に入りました。
会社は、従来の休職期間とその後の欠勤を一連のものとして扱い、休職期間満了による自然退職が成立したと判断しました。
しかし、裁判所はこの考え方を認めませんでした。
ポイントは「休職期間の途中」という就業規則の文言
今回、特に注目したいのが就業規則の書き方です。
会社の就業規則には、休職期間の途中で復職した従業員が、再び同一・類似の私傷病で休職した場合に、前後の休職期間を通算する規定が設けられていました。
ところが今回の労働者は、休職期間の「途中」で復職したわけではありません。
休職期間を使い切った後に復職しています。
裁判所は、この違いを重視しました。
会社側は、休職と復職を繰り返すことで休職制度が事実上リセットされることを防ぐという規定の趣旨から、今回についても類推適用すべきだと主張しました。
しかし、裁判所はこれも認めませんでした。
規定を広く適用したいのであれば、単に「復職した者」と定めることもできたはずです。
それにもかかわらず、あえて「休職期間の途中において復職した者」と限定している以上、その文言を超えて適用範囲を広げることには慎重であるべきだ、と判断したのです。
「会社としてはそういうつもりだった」が通用しないことがある
この判決から、中小企業経営者の皆さまに特にお伝えしたいのは、
就業規則は「会社がどういうつもりで作ったか」だけではなく、「実際にどう書かれているか」が極めて重要だということです。
実務では、
「この規定は当然こういうケースにも使えるだろう」
「制度の趣旨から考えれば同じ扱いになるはずだ」
と考えてしまうことがあります。
しかし、休職期間満了による自然退職は、従業員としての地位を失わせる重大な効果を伴います。
今回の東京地裁も、自然退職という効果が発生することを踏まえ、規定の適用範囲を安易に広げることには慎重な姿勢を示しました。
会社側の常識と、裁判所による就業規則の解釈が一致するとは限りません。
ここは非常に重要なポイントです。
「復職させたのかどうか」も重要
もう一つ見逃せないのが、会社の実際の対応です。
会社側は、休職期間満了時点でも休職事由が消滅していなかったと主張しました。
しかし裁判所は、会社側の対応などから、労働者の復職を承認していたことは明らかであると判断しています。
つまり、
「本当の意味では復職させたつもりはなかった」
という会社側の認識だけでは判断されません。
診断書をどう評価したのか。
産業医面談で何を確認したのか。
試し出社をどのように位置付けたのか。
誰が復職を決定したのか。
本人にどのような説明をしたのか。
そして、その経緯を記録として残しているのか。
こうした一連のプロセスが重要になります。
中小企業が確認しておきたい3つのポイント
今回の判決を踏まえると、少なくとも次の3点は確認しておきたいところです。
1.休職期間の通算規定は実態に合っているか
「同一または類似の傷病で再休職した場合」など、再休職時の取扱いが明確になっているでしょうか。
特に、
・休職期間途中で復職した場合
・休職期間満了時に復職した場合
・復職後、短期間で再び欠勤した場合
について、自社の規定でどのような扱いになるのか確認しておく必要があります。
2.復職の判断基準と手続きが決まっているか
主治医の「復職可能」という診断書だけで復職を決定するのか、それとも産業医等の意見も踏まえるのか。
復職判定の手続きが曖昧だと、後から「いつ休職事由が消滅したのか」が争われる可能性があります。
特に産業医の選任義務がない規模の中小企業では、復職判断の仕組みそのものが十分に整備されていないケースもあります。
誰が、何を基準に、どのような手続きで判断するのか。
あらかじめ決めておくことが大切です。
3.規定と実際の運用が一致しているか
就業規則を整備するだけでは十分ではありません。
復職通知、面談記録、診断書、本人とのやり取りなど、実際の運用が規定と一致していることも重要です。
労務トラブルになったときに問われるのは、「会社としてそう考えていた」という説明だけではありません。
その判断を裏付ける規定と記録があるかどうかです。
休職制度は「出口」まで設計する
私傷病休職制度についてご相談を受ける際、私は「休職を開始するとき」だけではなく、「どう復職させるか」「復職できない場合にどうするか」まで確認することが重要だと考えています。
特にメンタルヘルス不調の場合、
休職
↓
復職判定
↓
試し出社
↓
復職
↓
再度の欠勤
という経過をたどることがあります。
このとき、就業規則に「休職期間は○カ月」と書いてあるだけでは対応しきれません。
再休職の場合に残存期間をどう扱うのか。
同一・類似傷病をどう判断するのか。
復職直後に再び就労できなくなった場合はどうするのか。
こうした「出口」の部分まで制度設計しておく必要があります。
まとめ――就業規則の一言が大きな差になる
今回の東京地裁判決は、休職制度を運用している企業にとって示唆の大きい事例です。
特に重要なのは、就業規則の文言です。
会社として意図している制度と、実際に規定されている文章との間にズレがないか。
そして、その規定どおりに復職判定や休職期間の管理を行えているか。
一度確認してみることをおすすめします。
休職制度は、普段はあまり使わない会社も少なくありません。
だからこそ、実際に対象者が出てから規定の問題に気付くことがあります。
今回の判決を、自社の就業規則、とりわけ「休職」「復職」「再休職」「休職期間満了」の規定を見直す機会にしていただければと思います。
※本記事は、労働新聞が2026年8月6日に報じた東京地方裁判所2026年7月8日判決の内容をもとに、企業の労務管理上の留意点を解説したものです。個別事案については、具体的な就業規則や事実関係によって判断が異なります。
参考情報
労働新聞ニュース2026年8月6日「私傷病休職 中断規定適用を認めず 満了後は対象外に 東京地裁」
https://www.rodo.co.jp/news/223787/

