固定残業代は、本当に効果があるのか?
社会保険労務士の、荻生清高です。
前回のブログで、固定残業代(定額残業代)とは何か、そして要件について説明しました。
今回は、前回のブログで概要のみ取り上げた、使用者が持つことの多い固定残業代への印象について、具体的に説明します。
①「固定残業代を設ければ、人件費を抑えられる」のか?
まず、固定残業代で人件費は減りません。むしろ増えます。
固定残業代は、実際の時間外労働が固定残業代の想定を下回っても、会社は固定残業代を減額して支払うことはできません。
一方で、実際の時間外労働が固定残業代の想定を上回った場合は、会社は差額を支払わなければなりません。
つまり、人件費の下方硬直性を招きます。
なお、例えば以下のような変更は、労働条件の不利益変更にあたります。
変更前 基本給 23万円
→変更後 基本給20万円、固定残業代3万円(20時間分の普通残業)
この場合、変更後は残業が20時間を超えなければ、残業代は支払われなくなるほか、残業代の時間単価も下がりますので、労働者からみれば労働条件の不利益変更となります。
この場合、労働者の同意が無ければ、使用者が一方的に労働条件を変更することはできません。
もちろん労働者の同意を得れば、このような労働条件の変更はできますが、最近の裁判例では、その同意が労働者の真意に基づくものかどうかを、厳しく判断する傾向にあります(山梨県民信用組合事件:最高裁平成28年2月19日判決)。労働者の真意に反した同意であれば、後日覆される可能性があります。
ここまではいかなくとも、労働者にわだかまりを残したり、モチベーションの低下につながる可能性は残ります。慎重な取扱いが必要です。
②「固定残業代を設ければ、労働時間管理の手間を省ける」のか?
これも正しくありません。
固定残業代を設けても、使用者は労働者の労働時間を、客観的な方法により把握する義務があることは変わりません(労働安全衛生法など)。
そして、①でも解説した通り、実際の時間外労働時間に基づいて計算した金額が、固定残業代の設定金額を上回った場合は、会社は差額を支払わなければなりません。
③「固定残業代は、効率的に働けば早く帰れて、給料は変わらないので労働者に有利」なのか?
これも正しくありません。
固定残業代のメリットとして挙げられるのが、「効率的に働いて早く帰れば、固定残業代は減らないので労働者に有利」というものです。
現実をみると、本当にそうでしょうか。
固定残業代を導入する会社は、たいていの場合、設定した時間並み、あるいはそれ以上の残業が、前提となっている。あるいは暗黙の了解となっている。そのような会社が大半です。
このような会社で、自分の仕事が終わったから早く帰ろうとすると、何が起こるか。
「あいつだけ早く帰りやがって」と、他の社員に妬まれる。
あるいは、社長からの評価が下がり、人事評定が下がる。給料や賞与が上がらない、または下がる。
これは、私自身も経験しました。
なので、たいていの社員は、仕事が終わっても帰ろうとしなくなる。
こうなると、日中もダラダラ仕事につながり、効率も生産性も上がりません。
これが、時間に応じて残業代が支払われる場合は、残業はコストアップに直結します。
なので使用者は、残業を減らすよう、効率を上げるようになる。
固定残業代は、このように労働者の有利になるとは、限りません。
会社のイノベーションの芽を摘むマイナスも、招きがちです。
④「残業が減ったら、固定残業代は止めればよい」は可能なのか?
これも、現実的には難しいです。
固定残業代は、いったん始めると止めにくい、という特性を持ちます。
一度導入した固定残業代を、単純に止めることは、賃金の低下を招き、労働条件の不利益変更となる可能性があります。
また、そこまではいかなくとも、賃下げは従業員の反発、モチベーションの低下を招くでしょう。
「働き方改革」への取り組みを進めていくと、固定残業代制度を廃止する事例に接します。
このときは、固定残業代部分を、基本給あるいは他の手当に同額を組み入れて、実質的な賃下げにならないよう、配慮することが多いです。
固定残業代で人件費が減らないことは、この点でもおわかりいただけるかと思います。
固定残業代そのものへの、悪いイメージも無視できない
求人票あるいは求人広告において、見かけ上の給与額を上げるために、固定残業代を使う例が多発したことがありました。
これは特に、若者の募集について問題となり、行政から指針が出されるに至りました。
それ以来、固定残業代を設ける会社への、悪いイメージが定着しています。
「固定残業代の時間分の残業が、常態化しているかもしれない」と、求職者に敬遠されがちです。
もし固定残業代を導入するのであれば、このマイナスイメージへの対応も、必要でしょう。
とはいえ、固定残業代を使う場面はある
このような特色を持つ固定残業代ですが、それでも使われる場面はあります。
代表的なものが、新人教育、そして課長・部長以上の役職手当に対してです。
これは次回、解説していきます。
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