熊本地震から10年──いま、あらためて考える「災害への備え」と企業の責任

熊本地震から10年──いま、あらためて考える「災害への備え」と企業の責任

はじめに──10年という節目に

2016年4月14日、そして16日。
熊本を襲った大地震から、2026年で10年を迎えます。

あの日の揺れ、建物の損壊、従業員やその家族の安否確認に追われた日々。そして復興支援の現場で、多くの企業と向き合ってきた日々を、私は今でも鮮明に覚えています。

社労士として被災企業の復興支援に携わり、その後も令和2年7月豪雨、そして新型コロナウイルスという危機を経験する中で、あらためて強く感じることがあります。

それは——「災害はもはや、”いつか起こるもの”ではなく、”いつでもどこでも起こるもの”である」ということです。

近年、日本各地で地震、豪雨、台風などの災害が相次いでいます。時期や場所を問わず、企業はいつ災害に見舞われてもおかしくない状況にあります。

だからこそ、熊本地震から10年というこの節目に、経営者の皆様にあらためてお伝えしたいことがあります。

それは、「平時の備えが、会社と従業員、そしてその家族を守る」ということです。

災害から得た教訓──過去の支援措置を知ることが、未来の備えになる

熊本地震以降、私が関わってきた災害復興支援の現場で痛感したのは、「知っているか、知らないか」で企業の命運が大きく分かれるという現実です。

国や自治体は、災害時には雇用調整助成金の特例措置、なりわい再建支援補助金、資金繰り支援、医療・保険の特例措置など、さまざまな支援策を用意します。

しかし、こうした情報が届かなかった企業、あるいは情報を知っていても申請方法が分からず活用できなかった企業が、実際に存在しました。

一方で、過去の災害における支援措置や制度を知っていた企業は、いざというときに迅速に動くことができました。

そして重要なのは、災害復興支援の仕組みは、過去の経験や教訓が生かされているという点です。

熊本地震で活用された支援策の多くは、東日本大震災の教訓をもとに改良されたものでした。そして令和2年7月豪雨やコロナ禍でも、熊本地震の経験が制度設計に反映されています。

つまり、過去の支援措置を知っておくことは、将来の災害への備えそのものなのです。

経営者が押さえるべき「労務面の備え」──3つのフェーズ

災害対応を考えるとき、私は「3つのフェーズ」に分けて整理することをおすすめしています。

フェーズ0:平時からの備え

災害対応は、「起きてから」では遅い。平時にこそ、次のような準備が必要です。

BCP(事業継続計画)の策定

  • 災害時に業務をどう継続するか、あるいは早期に復旧するかのシナリオを作っておく
  • 従業員とその家族の安全確保を最優先事項として明記する
  • 代替拠点、リモートワーク体制、情報共有手段(連絡網)の整備

労務管理体制の整備

  • 雇用契約書・就業規則の最新化
  • 労働・社会保険関係法令の遵守状況の確認
  • これらが整っていないと、災害時の助成金申請や特例措置の活用が困難になります。

過去の支援制度の知識を蓄える

  • 雇用調整助成金の特例措置
  • なりわい再建支援補助金
  • 資金繰り支援(政府系金融機関の特別貸付、信用保証制度)
  • 医療・社会保険の特例措置
  • 基本手当(失業手当)の特例(後述)

生活必需品の備蓄

  • 食料、水、薬などは最低3日分、できれば1週間分
  • 従業員とその家族が安全に避難・待機できる環境を想定した備蓄

フェーズ1:災害発生直後(人命と安全の確保)

災害が発生したら、最優先は「人の命と安全」です。

安否確認

  • 経営者自身、従業員、そしてその家族の無事を確認する
  • 家族の安全が確認できないと、従業員は仕事に集中できません

安全情報の共有

  • 保険証がなくても受診可能な特例
  • 医療費の自己負担軽減・免除、保険料の特例措置
  • 銀行預金の仮払措置
  • 労災の申請方法
    これらの情報を、社内で迅速に共有します。

被害の記録

  • 建物や設備の損傷は、片付ける前に必ず写真で記録(複数の角度から複数枚撮影)
  • 罹災証明書や補助金・損害保険の申請に必要です

雇用維持のための初動

  • 業務が一時的に止まっても、雇用調整助成金の特例措置を使うことで雇用を守れます
  • 人を失ったら、取り返しがつかない──これが災害復興支援の現場で学んだ最大の教訓です

フェーズ2:復興段階(事業と雇用の再建)

外部支援が本格化してきたら、「事業の再建」と「雇用の維持」に集中します。

雇用を守る──雇用調整助成金と失業手当の特例

雇用調整助成金は、災害時には要件が大幅に緩和され、休業手当の大部分を国が助成します。これにより、従業員を解雇せずに雇用を維持できます。

一方で、企業が甚大な被害を受け、事業再開の見通しが立たない場合もあります。そのような場合、一時的な離職も選択肢となります。

災害時には、雇用保険の失業手当(基本手当)の特例措置が設けられることがあります。これにより、通常よりも早期に、あるいは有利な条件で失業手当を受給できる場合があります。

つまり、従業員の生活を守る手段は、雇用維持だけではないということです。

状況に応じて、雇用調整助成金による雇用維持と、失業手当の特例による一時的な離職支援を、柔軟に組み合わせることが重要です。

いずれにしても、人を失わないことが最優先です。事業が再開したとき、戻ってきてもらえる関係性を維持することが、復興の鍵になります。

事業用資産の復旧──なりわい再建支援補助金と資金繰り支援

  • なりわい再建支援補助金(旧・グループ補助金):設備や店舗の復旧費用を大幅に補助。近年は単独事業者でも申請可能
  • 資金繰り支援:政府系金融機関の特別貸付、信用保証制度の活用

情報の収集と共有

  • 国や自治体の発表、商工会・金融機関などの情報を早くキャッチする
  • 必要に応じて従業員にも伝える

「非常時に頼れる体制」は、平時にしか築けない

熊本地震、そして新型コロナ禍を通じて、もう一つ痛感したことがあります。

それは、「非常時に支援を受けられる企業と、受けられない企業の差は、平時の備えで決まる」ということです。

コロナ禍では、雇用調整助成金の申請が殺到し、多くの社労士事務所が「顧問先以外はお断り」という対応を取らざるを得ませんでした。これは社労士側の怠慢ではなく、限られた人的リソースの中で、既存の顧問先への対応を最優先せざるを得なかったという事情があります。

また、助成金申請には、日頃からの労働・社会保険関係法令の遵守が大前提となります。スポットでの依頼では、こうした状況を短期間で確認することが難しく、十分な支援ができないのが現実です。

つまり、社労士との顧問契約は、「非常時の備え」そのものなのです。

平時から社労士と継続的に関係を築き、労務管理体制を整えておくことで、災害時にも迅速に情報を得て、適切な支援を受けることができます。

【実務チェックリスト】災害への備え、できていますか?

最後に、経営者の皆様にチェックしていただきたい項目をまとめました。

□ 平時の備え

  • [ ] BCP(事業継続計画)を策定している
  • [ ] 従業員とその家族の安全確保の方法を明記している
  • [ ] 従業員の緊急連絡網を整備し、定期的に更新している
  • [ ] 代替拠点やリモートワーク体制を準備している
  • [ ] 雇用契約書・就業規則が最新の状態に整備されている
  • [ ] 労働・社会保険関係法令を遵守している
  • [ ] 過去の災害における支援制度(雇用調整助成金、なりわい再建支援補助金など)を把握している
  • [ ] 食料・水・薬などを最低3日分(できれば1週間分)備蓄している
  • [ ] 社労士と顧問契約を結び、継続的なサポート体制がある

□ 災害発生直後の対応

  • [ ] 従業員とその家族の安否確認方法を決めている
  • [ ] 災害時の医療・保険の特例措置を把握している
  • [ ] 被害状況を記録する手順(写真撮影など)を決めている
  • [ ] 雇用調整助成金の特例措置について理解している

□ 復興段階の対応

  • [ ] 雇用維持のための助成金制度を理解している
  • [ ] 基本手当の特例措置(失業手当)についても理解している
  • [ ] なりわい再建支援補助金の概要を把握している
  • [ ] 資金繰り支援の相談先(政府系金融機関、商工会など)を把握している
  • [ ] 情報収集の体制(行政、商工会、金融機関、社労士など)がある

おわりに──10年の経験を、未来の備えに

熊本地震から10年。
この間、私たちは多くの災害と危機を経験してきました。そして、その度に、「平時の備え」の重要性を思い知らされてきました。

災害はいつ、どこで起こるか分かりません。しかし、備えることはできます。
会社を守ること。従業員を守ること。そしてその家族を守ること。

それは、経営者の責任であり、同時に、社労士としての私の使命でもあります。

この10年の経験と教訓を、ぜひ皆様の「未来の備え」に変えていただきたいと思います。

もし、災害への備えについて不安なことがあれば、いつでもご相談ください。

一緒に、会社と従業員を守る体制を築いていきましょう。