有期雇用「10年特例」成立の舞台裏から読み解く、労務リスクと制度設計の盲点

2023年春、全国の研究機関で多数の研究者が雇い止めにあいました。その背景には、2013年に導入された「10年特例」があります。制度創設時に危惧されていた「10年後の危機」が現実となった今、私たち中小企業経営者は何を学ぶべきでしょうか?
「無期転換ルール」と「10年特例」の関係
2012年に改正された労働契約法により、有期契約が5年を超えると、労働者に無期雇用へ転換する権利が発生します。このルールは本来、雇用の安定を目的としたものでした。しかし、大学・研究機関では財源の制約により、無期雇用に踏み切れず、むしろ雇い止めが増える事態を招きかねないと懸念されました。
これを受けて2013年、「研究者に限り無期転換を10年に延長できる」という特例が立法化されました。京都大学iPS細胞研究所所長(当時)山中伸弥教授らの訴えもあり、研究環境を守る目的でしたが、その実効性は限定的でした。
特例の影で先送りされた構造課題
2023年4月、「10年」の期限を迎え、多くの研究者が無期転換直前に契約終了を迎えました。特に理化学研究所での大量雇い止めは、制度の不備を象徴する出来事でした。背景には、国立大学法人の運営費交付金の削減、競争的資金への依存、人件費原資の不透明さといった構造問題がありました。
制度上は雇い止め回避が求められていたものの、実効性ある財源措置は講じられず、研究現場の雇用安定は実現しませんでした。筑波大学・柳沢教授の「競争的資金を無期雇用原資にするのは困難」との指摘も、本質を突いています。
中小企業にとっての示唆
この一連の問題は、一見すると研究機関固有の話に見えますが、実は中小企業にも大きな示唆を与えます。
第一に、法改正による労務コストの変化に対して、安易な先送り策はリスクを増幅させるということ。第二に、雇用制度は制度設計だけでなく、現場の財務体力・運用実態との整合性が問われることです。
中小企業でも、無期転換ルールや同一労働同一賃金、高年齢者雇用安定法改正など、人件費に影響する法制度が増加しています。「法令対応=規則変更」だけに留まらず、「財源や運用体制の整備」も含めた戦略的な労務設計が求められます。
まとめ
「10年特例」は、善意と現場の声に基づいた制度でしたが、「構造的課題の解決なくして制度の持続性は担保できない」という現実を突きつけました。
私たち中小企業も、自社の制度設計と運用体制を改めて点検し、変化に強い雇用戦略を構築していく必要があります。制度の持つ意味を正しく理解し、先手の対応を心がけましょう。
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