「年収の壁」178万円へ。熊本の中小企業が給与計算・採用・社内説明で先に整えること【2026年度税制改正大綱】

2025年12月19日に、2026年度(令和8年度)の与党税制改正大綱がまとまりました。ニュースでは「年収の壁」引き上げが注目されていますが、実務の現場(給与計算・年末調整・人材確保)に落とすと、経営者が先回りして準備できる点がいくつもあります。
今回は、熊本県内の中小企業の経営者向けに「何が変わり、何を先に整えるべきか」を要点整理します。
1. まず結論:中小企業に効くのは、年収の壁より「社内の説明設計」
所得税がかかり始めるライン(いわゆる「年収の壁」)は、160万円→178万円へ引き上げる方向です。報道ベースでは、中間層で年3万~6万円程度の減税効果が見込まれるとの見立てもあります。
ただし、ここで経営者が押さえるべきは「税が軽くなる」よりも、
・従業員(特にパート・短時間)の働き方が変わり得る
・“手取りが増えるはず”という期待が先行し、誤解が生まれやすい
この2点です。
税の壁が動いても、社会保険(加入要件)や扶養の考え方は、別のロジックで動きます。結果として「思ったほど手取りが増えない」「かえって減った気がする」という相談が増えやすい局面です。
2. 「年収の壁」178万円:会社側の実務ポイント(給与計算・年末調整)
実務で効くのは、源泉徴収と年末調整です。改正が施行されると、源泉徴収税額表や年末調整書類・給与ソフトが更新されます。
【会社側のチェックリスト】
- 給与ソフト/社労士・税理士の処理フローが“改正後の税額表”に切替わる時期を確認
- パート・短時間の「シフト希望増」を前提に、繁忙期の配置・教育計画を作り直す
- 従業員向けに「税の壁と社会保険は別もの」を1枚資料で説明できるようにする
- 年末調整の問い合わせ(扶養・控除)増を見越して、窓口担当とFAQを整備
ここを整えておくと、採用面でも「制度変更に強い会社」という安心感が出ます。熊本は人手不足が続きやすい地域特性があるため、制度説明の丁寧さは“定着率”に効きます。
3. 車体課税:社用車・営業車の更新計画は“時期”がポイント
大綱では、購入時にかかる環境性能割の見直し(停止・廃止の方向)や、EVへの新たな負担(重量や重量税の追加課税を検討)が盛り込まれています。
社用車を多く使う業種(建設・介護・訪問系・営業車が多い企業)は、更新の「タイミング」で総コストが変わり得ます。
【実務アクション】
- 2026~2028年に入替予定の車両台数と、候補車種(ガソリン/HV/EV)を棚卸し
- “補助金・減税要件が厳しくなる”前提で、見積もりは複数パターンで比較
- EV導入は、税だけでなく車両価格・充電設備・運用動線まで含めて採算チェック
4. 2027年以降の論点:防衛増税(所得税1%上乗せ)と「長期の説明」
防衛財源として、2027年から所得税に1%を上乗せする仕組み(仮称:防衛特別所得税)が示されています。復興特別所得税の税率1%引下げと組み合わせ、当面の負担増を抑える設計とされていますが、長い目では負担の見え方が変わります。
経営者としては、ここを「社員の手取りの変化」に絡めて聞かれる可能性が高いので、
“いつ・何が・どの程度”を、税理士と一緒に社内向けに噛み砕いておくのが安全です。
5. 個人向け改正も、経営者には関係が深い(住宅ローン/NISA/暗号資産)
- 住宅ローン減税:中古住宅の扱い拡大(限度額や期間の見直し)で、従業員の住まい選択に影響
- NISA:未成年(つみたて枠)を使える方向で、子育て世帯の資産形成の会話が増える
- 暗号資産:分離課税(税率20%)へ向かう方向性が示され、施行は法整備と連動(時期は今後の確定待ち)
“福利厚生や社内相談”として、会社に質問が集まりやすいテーマです。会社としては「投資を勧める」必要はありませんが、「制度変更を正確に整理して伝える」だけで信頼が上がります。
まとめ:税制改正は“給与計算の変更”ではなく「人材戦略の材料」
今回の大綱は、生活防衛(手取り)と政策目的(投資促進・産業支援・財源確保)が同時に走っています。
熊本の中小企業にとって大事なのは、制度の結論を待つだけでなく、
①給与計算・年末調整の更新点を先に潰す
②短時間就労者の誤解(税と社保の違い)を減らす
③車両更新など“投資の時期”を税制とセットで考える
この3つを、年明け前後から粛々と整えることです。
荻生労務研究所では、①給与・年末調整の実務整理、②パート・短時間の働き方設計、③制度変更の社内説明資料(1枚)の作成支援まで、経営者の実務に落ちる形でサポートしています。気になる論点があれば、個別に状況を伺って整理します。
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