退職代行は“他人事”ではない―熊本の中小企業がいま整えるべき「離職防止の5つの仕組み」

近年、労働時間の短縮や賃金の改善が進む一方で、「若手が突然辞める」「退職代行を使われてしまった」などの声が中小企業でも聞かれるようになってきました。
パーソル総合研究所の最新調査「離職の変化と退職代行に関する定量調査」(2025年12月2日)によると、離職者のうち5.1%が退職代行を利用しているという驚きの結果が出ています(約20人に1人)。
本記事では、退職代行という“新しい辞め方”の背景と、それにどう備えるかを、社会保険労務士の視点から読み解きます
1. 退職理由は「ブラックな環境」から「成果・評価のギャップ」へシフト
かつては長時間労働や低賃金が主な離職理由でしたが、今は違います。
調査では、離職者の不満として「求められる成果が重すぎる」「受けている評価に納得できない」などが6年前より上昇。一方で「労働時間が長い」「サービス残業が多い」「育成・教育の体制が十分でない」は大きく減少しています。
つまり、「労働環境」ではなく、「納得感」や「価値観のズレ」が辞める引き金になっているのです。
さらに、離職者の残業は大幅に減り、月40時間以上の残業者は半減。働き方改革の成果は出ているのに、人が辞める――ここに“次の経営課題”があります。
2. 若手の「成長したい」「成果で評価されたい」も低下している
同時に、「仕事を通じた成長」を重視する割合や、「成果で評価してほしい」志向が若年層を中心に低下。加えて、上司の“成長支援”に関わるマネジメント行動も減少しています。
つまり、若年層の成長願望は低下する一方で、上司の成長支援も劣化。結果として「組織からの成果圧力」が離職リスクを押し上げている構図が見えてきます。
3. 退職代行の利用は離職者の5.1%――背景は「恐怖」と「孤立」
離職者のうち退職代行利用は5.1%(約20人に1人)。利用理由は「すぐにでも退職したかった」が最多で、次いで「上司への恐怖心」。また、退職代行利用者は「直属上司との関係」不満が約7割と高く、上司からのハラスメント経験が4割というデータも示されています。
重要なのは、利用者が“身勝手”とは限らない点です。むしろ「チームワーク重視」で、辞めることへの「申し訳なさ」も強いです。それでも退職代行に至るのは、上司にコミュニケーションが集中し、同僚ネットワークが薄い=“逃げ道がない職場”になっているから、という整理がされています。
そして、就業継続者でも社内に相談先が「誰もいない」が61.4%。この数字は、中小企業ほど見過ごせない警鐘です。
4. 熊本の中小企業が明日からできる「離職防止」5つの対策
ここからは実務目線で、優先順位の高い順に整理します。
(1)評価・成果要求を“言語化”する(納得感の設計)
・期待成果(何を、いつまでに、どの品質で)を文章で共有
・評価理由を「事実ベース」でフィードバック(好き嫌い排除)
※不満が「評価納得感」に移っている以上、ここを曖昧にしない。
(2)上司1本足から「複線の相談ルート」へ
・メンター/バディ制度
・Peer1on1(上司以外との定期対話)
・人事・総務が小さな相談を拾う“窓口の見える化”
相談先が多いほど離職意向が下がり、上司・会社満足度も上がる。
(3)育成は“上司の善意”ではなく、仕組み化する
・OJTのチェックリスト化(教える内容・順序・期限)
・「任せる→フォローする」を予定表に組み込む
上司の成長支援が弱まっているなら、属人的に期待しない(p.28)。
(4)ハラスメント対策は「恐怖を消す」ことがゴール
退職代行の背景に“上司への恐怖”がある以上、研修の目的は「怒らない上司をつくる」ではなく、
・非礼な言動をしない(礼節)
・指導の基準を明確にする(業務指示の品質)
・感情の爆発を起こさない(再現性あるコミュニケーション)
に置くのが現実的です。
(5)“辞め方”の整備(退職代行を敵視しない)
退職代行利用後のトラブルは「なし」が約5割だが、金銭トラブルが上位。
・最終給与、未払い残業、有休精算、貸与物返却の手順を標準化
・退職の申し出ルートと引継ぎルールを就業規則・社内手順に落とす
・退職代行から連絡が来た場合の社内フロー(窓口一本化、書面確認、感情的対応の禁止)を決めておく
まとめ:成果圧力の時代は「人の網の目」が会社を守る
この調査が示すのは、「残業を減らせば定着する」という単線の時代が終わった、という現実です。成果要求が強まるほど、従業員が孤立しない“網の目”――相談・支援・育成の複線化が効いてきます。
熊本の中小企業では、採用の難しさ=離職の痛手が直結します。だからこそ、制度は立派でなくていい。まずは「評価の言語化」「相談ルートの複線化」「退職実務の標準化」から、今日できる一歩を積み上げていきましょう。
荻生労務研究所では、就業規則・相談体制設計・管理職研修・退職対応フロー整備まで一体で支援いたします。お問い合わせください。
参考資料
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